Let us begin anew,remebering both sides that scincerity
is not a sign of weakness,siverity is alwayas showes to proof. But let
us begin. J.F.Kennedy.
われわれは新たに始めようではないか。お互いにとり誠実さが決してひ弱さの証明ではなく、厳しさが常にそれを証明するために
あることを。だからこそ新たにわれわれは始めよう! J.Fケネディ
私事で恐縮ですが僕は英語が少し好きで高校生の時にこの言葉を何度も書いて覚えました。その後の習い性でちょっと困った時にいつも歌います。
お弟子さんが出来ると困ります。どうしたらその人に上手に教えられるのか。僕なりの方法でその人が自然にすくすく伸びるにはどうすればよいのか。
50人の会社のボスをしばらくやり人を本気にさせることの難しさを人よりきっと20年ぐらい早くすることになりました。30歳で50歳の方を何人も部下で使うのは苦しい経験でした。それでも正面からどうどうと物を言うという方法以外知りません。
ストレート1本で押す豪腕ピッチャー以外若者は出来ませんでした。
そして気がついたのは、重要なのは僕とその人との真剣な関係性。濃密な精神と時間の共有性。美意識と魂の契約性。
おそらくそれ以外に無い。
僕が相場師になった時自分と波との関係性をおもいました。同じなのです。ですので毎日を乱れないようにゆっくりとやる。
徹底してやる。人様の3倍は最低やる。するとたいていうまくいきます。上手くなるということは姿かたちが美しくなるということで〈玉のあるいは魂のあり方の)、美しいものは類は友を呼ぶということです。
僕は美しいものが好きです。車も洋服も食事も皿も言葉も音楽も。 でも一番美しいのは真剣な関係性です。波でも人でも。
美しいものは新たな可能性を生み、人を幸福にします。ですので 建て玉の姿かたちは哲学なのだとおもいます。
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