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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

書庫日記

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アマゾンでキンドルペーパーホワイトという端末を買った。アマゾンはどんな商品でも大抵プライムというのがあって、会員になると
送料が無料でなんでも送ってくる。だから田舎の山の上に住んでいる仙人や姥捨ての人にもすごく便利なサービスだ。現在外気温は零度だから、道路は凍結していてFRのでかくて重い車は滑って危ない。だから運転したくない季節には佐川や黒猫が運んでいるのは実に便利である。頼むと翌日か、せいぜい2日後にはなんでも来るのだ。カード決済だから残高さえあればなんでも1クリックで買える。アマゾンは倉庫が小田原にあるらしく、特に早い。無いものは無いぐらいなんでもあるからものぐさな人、買い物が嫌いな人にも便利なサービスで、これで随分小売店は打撃を受けてるのが想像できる。僕は昨年こういうサービスで500万ぐらいは買ったと思う。ポイントというのが溜まるとギフトカードを何万円かくれるのだ。JCBとかの奴だ。それをマダムや娘にあげると喜ぶ。伊勢丹で口紅とかパンティーとか靴下とかチョコとかそういうのを多分買うのだろう。
 さっそくダウンロードして読んでみたが、バックが白いから文庫本を読むより文字が大きいし、軽いからハードカバーを読むより楽チンだ。これだと通勤とか持ち歩きが軽いので何冊でも入れておくとすごく便利な道具だなと思った。出版界もこれでまた変わらざるを得ないということだろう。読書を暇つぶしや趣味でする人、大半が僕のような老人だろうが、そういう人はわざわざ図書館に行かないでも無料で読める古典がダウンロードできる仕組みを作っている。ボランティアの人が版権の切れた名作をweb編集しているから、誰でもアマゾンにログインすれば貰える。こうやって裾野を広げれば、他の商品もそのうち買うという囲い込みの戦略だろう。だからライバルのヤフーや楽天は必死にカードを発行してポイントを無料で何千円も配って、自分の所にお客さんを引き寄せようと毎日たくさんのメールを送ってくる。消費者の財布は大抵の人が、多分毎月いくらと決まっているのだろうから、余計に買ってしまうと残高不足になるはずだが、リボルビングというメールが締め日付近にくると毎月必ずお誘いでくるのだ。今なら0000ポイント進呈しますというアレである。サラ金はほぼゼロ金利で調達して15%とか法外な金利で貧乏人に貸し付ける。直接現金を貸すのではなくて、買い物を予算オーバーにさせておいて、支払いをリボルビングにすれば払い終わるまで自動的に高金利で毟り取れるのだから、なるべくたくさんの人に薄く貸せば低リスクで大儲けできるわけだ。だから楽天とかヤフーとかカードを発行しているサイトは、実際は商品で儲ける必要がないから、小売店と比べて安売りしたり、送料をゼロにしたりしても採算にあうのだろう。こうしたカードは後ろにカード会社が提携しているから結局はサラ金が儲かるということになるし、サラ金の後ろはメガバンクだから金融が儲かるということになるのだ。
まあそれでも消費が活発になれば、どこかで増産が起きて、流通が活発化すれば自然に仕事量が増えるから、貧しい若者にも仕事ができるのだから望ましいと思われる。そもそも金融は幻想である。通貨発行は政府の任意だから、お金をどんどん流せば、誰かが金利ゼロなら借りるし、そのゼロのお金をまた為替、債券、株式、不動産、商品と様々なアイテムに交換して鞘を取るから、お金がお金を産むという現象が起きる。別に何も物は生産されていないが、実質的に通貨が増えるからGDPが上がる。貧乏な人は景気なんて一向によくならないという実感だというニュースがよく流れているが、それは当然で、貧乏な人々はこうした資産市場とか金融市場にアクセスできない人が大半だからである。ちょうど空を見上げると、大きなジェット機が空高く飛んでいく。それを眺めているしか方法のない人たちということで、あの飛行機には誰が乗っているのか?と思っているのと同じ事である。そう資産市場にアクセスするお金持ちが乗っているのだ。だからしかたなくお金を借りて物を貧乏な人が買えば買うほど、たくさんの飛行機が空を飛び回るという自己矛盾的な光景を目にすることになる。物が不足する時代は物が大切にされた。不足するから物の値段が上昇した。つまりインフレである。ところが共産圏が自由主義市場に組み込まれて、彼らが安い賃金で大量に物を作り始めると物が余るようになった。つまりデフレである。需要以上にどんどん生産して輸出してくるから値段は下がり、品質は上がる。生産性の革命が起きているわけだ。先進国のアホな労働者はそれに対応出来ないと賃金が下がるのは当然で、別に資本家が悪いわけではない。誰も安い賃金が嫌なら働かなければ良いだけの事であるし、事実僕など安いとか高いとかは無関係に雇われてまでは働かない。べつに自分で考えて対応すれば良いだけの事である。市場(労働市場、賃金市場)に巻き込まれるから影響を受けるのであって、そんなもの無視していればどうということもない。
賃金が下がれば得をする人もいるのだ。そう人を雇うのが仕事の社長さんである。それもかなり長くやっていたが面倒だし馬鹿な社員が多いので煩わしいので会社ごと売ってしまった。会社も資産だから売買すれば良いのである。株式市場はそのための市場である。資産市場で仕事をすればあの上空を飛ぶ飛行機に乗っているのと同じことになる。ただし飛行機の操縦は、地上で労働者をするよりもリスクが高い。天候が急変すれば墜落することもあるからだ。地上で調子が悪くても寝ていると大抵は直るが、空の上でトジれば墜落して死亡するのは当然である。だから飛ぶにはリスクに見合ったペイを取らないと割が合わないということになる。それを格差とか不公平とか言ってみても何も変わらないだろう。飛行機に乗るにはそれなりの能力も必要だし、そういう人は多くはいないからこれも需給で値段が決まるのだ。飛行機が墜落するとそれに乗っている人は死亡するが、落ちた場所にはそれの数100倍の労働者がいるから、その人も自動的に死亡する。まあ死亡といっても失業程度の軽いダメージだが、とにかく影響を受けざるを得ない。だから落ちそうになると政府がのこのこ出て来て落ちないように支えるというのがリーマン後に起きた事である。飛行機はもはや個人や個々の企業がどうのではなくてし政府(つまり自由経済市場しもののーつまり世界全体と言い換えたも過言でないほど)が落ちては困るという状態を作ってしまった。ブレーキの利かない流動性の過剰供与をしている真っ最中というわけだ。金と債券以外の資産市場の価格が上がるのは必然である。押せば拾う。他に手は無いと思う。
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イニシエーションというのか瞑想というのかよくわからないのだが、暗い静かな所で小さな音楽をかけたりほのかな香りを楽しんだりしながら、眠るでもなくかといって覚醒するでもない、体重がなくなったようなふらふわと意識が漂うような浮遊感にひたるという体験をするのは快楽である。だから薔薇風呂の温泉なんかに入ると自分がお姫様になったような気分がして実に快楽だ。男のくせに変だが、別に変でも誰にも迷惑はかからないからしたいことをする。人がどう思おうが選挙に出る気はないのだから関係ないのだ。別に体や心が疲れているというような事は、おそらく同年代の人と比べれば仕事をしてない分ズルなんだからきっと僕が楽チン極楽なのは確かだろうし、実際こんなのがゴロゴロいたら日本は生産が止まって大変なことになるんだろう。でもほとんどいないから僕がどうしようが全体は回るんだ。会議なんて無視だし、上司なんて猿だし、組織なんてカモだし、そもそも電車に乗らないから時間はルーズだし嫌いな事は一切したくないから、仕事が一番嫌いなので働くのを徹底して省いたら相場師しかなかったというのが現実なのである。消去法の職業選択である。是銀かっこいいぜ!こういう爺で死ねたら最高!と思ったのが18歳の時で、それ以来ねーちゃんは別として相場師にどうなるかだけを唯一考えて生きて来た。人間はなりたい自分にしかなれないのだからなりたいと思えば大抵なれるものなのだ。動物は何かになろうなんて絶対に考えない。猫は猫だし犬は犬だ。人間だけ今でない自分になろうとする。まあそれも良いが、なってみれば大したこともないからくたびれ儲けという話も有る。(笑)よく失業の話が出るが?と思うのだ。だって何かしたいことがあるのならそれをすればいいじゃないか?金になるかならんかはやってみてからわかる事だし、ならんなら誰でもなんとかなるように工夫するだろ。その工夫することが好きな事なら続くが、いやなことは嫌々やれば逃げ腰になるからダメに決まってら。嫌々やるのは時間と気持ちの浪費だから僕は時間にケチだから嫌な事は金になっても絶対にしない。だから時間を他人に売って金を貰うなんて隷属的な屈辱は大嫌いである。だからそういう事をしている人が不思議でしょうがないが、あちらもこちらが不思議らしい。架橋する言葉は多分ないんだろう。してもしかたないし、、。下らんことに時間や神経が割かれるほどの不快はないのだ。板にどこかの馬鹿がなんか書いていたがつまらん質問はやめてほしい。これは学校でもないし、人生相談でもない。単なる爺の憂さ晴らしなんだから、塾でもないし金も取っていないんだ。だから人がやめろというのをするのはパワハラだ。黙って読むのがいやなら見なけりゃいいだけの事である。とっとと消えてくれ。誰か善人が相場の事を教えてくれるなんてそもそも了見が甘いと思え。そういう奴を食い物にして俺は太ったと想像もしないんだから全くおめでたい馬鹿がいるもんだ。嫌な事は生理だから心にも体にも実に悪いことを経験から知っているからだ。我慢なんてしないに越した事は無いのだ。「天国の気分で儲かる。」銀流しの安サンが言う通り相場師の真骨頂はこの快感である。
だって人生は短いし、短い時間なら自分が好きで楽しいことに使ったほうがお得にきまってらと思うからで相場もまあ嫌いでもないけれどそんなに好きかな?と現在自問してみれば???ということがまま有る。毎日起きる時間はバラバラで4時に起きたり11時まで寝ていたり、理想的な相場師の暮らしからはほど遠い。林サンが見たら眼を顰めるタイプの典型であろう。相場師というものは規則正しく規律的な生活スタイルを守り、質素倹約に勤め、怠惰な快楽に耽るような愚劣な生活からは無縁な高潔な生き方をしなければならないというようなまるで経団連の土光さんのような事を彼は言う。事実、彼の直弟子の相場戦略研究所のIさんの生活スタイルはそうした師のスタイルを継承したようなものだ。これは恐らく想像だが林さんは長い相場人生で4−5回ガッちゃった経験があって、金に困った頻度が僕より多かったのだろうし(資金管理に失敗したということだ、そこまで張るなよアホと言いたいが)、陸軍士官学校出で右翼的な質実剛健にどこかほのかなノスタルジーの甘い郷愁というような美意識をお持ちだったからなのではなかったのか?と僕は思っている。ケッ!そんな爺さんには僕は付き合い切れんぜ。相場師は人より強欲なんだろ?その強欲を起動させて相場を張るんだろ?それで出来た金を溜め込んで何をしたいんだよ?金は記号なんだから(人を動かす、モノを買うというための記号だろ?)その記号を積み上げてその先に何があるんだよ?答えないで死んでもらちゃ困るぜと思うけれども、死んだ人は語らない。まあ多分税金を払いたかったのだろうと想像するほかない。どうせ相続税で払うのか、消費税や物品税で払うのかの差でしかないのだから(金はあの世に持って行けないというのをみんな忘れている)僕なら人様がすぐに喜ぶ後者を選ぶ。馬鹿な息子に金なんか残すとろくな事が起きないのは新聞によく書いてある。HONDAもダイエーも大王製紙もあの様だ。相場師は市場が有るおかげでおまんま食えてるんだから、その市場で働く人たちに消費で還元しないでなんで役に立てるのか?稼いだら奢侈する以外に金持ちの役割は無い。貧乏人が小金持ちになるとどう使っていいかを考えていないから溜め込むだけになって結局貧乏はいつまでも変わらない。モノなんていくら所有しても切りがないし、面倒だ。だから捨てる。また買えば宜しい。この繰り返しで産業社会は成立している。だから質素倹約なんてアホちゃうか?と思うがそういう人が相場師になりたいという奴には多いのだ。でも必要もないような巨大な金を溜め込もうなどとは僕は一度も考えたこともない。豊かに暮らせればそれで十分だろ。農耕民族は食料貯蔵を覚えてから集団的、権力的、集権的にシステムを構築し始めた。切断という概念を忘れたんだ。その点、ガストンバシュラールやアルチュセールの切断という概念はドルーズ同様、リゾームの多発とその切断から群生する現象の説明のイメージに成功している。多銘柄分散投資を低位バリューでする、しかも酒田の逆行で買うという方法論は実にポストポスト構造主義的にマッチしているとつくづく思うのだ。時代的と言って良いと思うなあ。宗久が生きていたらどう張るかなあ?
イヤミの脱げそうな靴下の先っぽを拾って、戻れは外す。下がれば少し増す。持ち合えばそろそろ本玉だ。まあどうでもいいけど時間がくればどうせどっちかに離れる。だから適当に稼いだら適当に使う。呼吸と同じで一杯に吸い込んで膨れた肺にもうそれ以上は入らない。だから吐き出すとすっきりとしてまた自然に入ってくる。その繰り返しが生活というもんだろうし、排気量が大きい人と少ない人がいるだけである。でかいエンジンが僕は好きだし、5000ccとか6000ccとか大排気量の大きなエンジンをゆるゆる回して太いトルクで動くような大陸的なライド感覚で生活するのがこのせこい日本では稀なタイプというせいもあって反感を買うということだろうが、そういう役割の奴が少数は必要というのが人間の社会というものだろう。あのカーブでFRだと少し踏むとケツが少し流れるだろ?でも流れながらも前輪はきれいにカーブをトレースしながらアクセルに応じて立ち上がって行く感じが好きなのよ。これは大排気量の太いトルクがあって、しかも重量があるダンナ車じゃないと無い味だろ。好みだからなんでも良いけどさ4wdのポルシェじゃだめなのよ。絶対速度なんてどうでも良くて、気持ちいいかどうかということ、感覚的な好き嫌いといういうことですね。生活も同じ事ですね。感覚的に好きかどうかという事で、好きな女のためなら大抵男はちゃんと仕事をしますからねー。そんなもんですよ。籠に乗る人担ぐ人そのまた草鞋を編む人と分業体制で世の中は成立するんだろ?殿様が草鞋編んでどうすんだよ?だから全員が自分の仕事をきちんとしろと言いたいね。
通信技術が飛躍的に発達したから注文の方法がWEB経由になったせいで、個人の相場師は時間の制約から解放された。
朝の成り行き一本の酒田の相場師は、いつ建てていつ落とすかはかなり機械的な動きをすることが多いのだし、あまりごちゃごちゃ自分の思惑を入れるとすぐに曲がるという経験をすれば「だいたいまあこんなもんだろ」というぐらいの自分なりのやり方に落ち着いていくものだろう。誰か僕より上手な人が、場帳を見て解説して頂いたようだが、値動きとそれに対するこちらの反応というのはあまりというかほとんど論理性がないことが多い。だから説明するととってつけたようになる。だって値動きに論理性がないのだから対応が論理的なら曲がるに決まってら。原則論なら酒田場帳をわざわざ使用するということは、逆バリの道具であるという意識がないとあまり意味がない。それは値動きというものは上げたり下げたり持ち合ったりと常に動くものだが、その動きかたがどんなリズムでどんなインターバルでどんな変則性を交えながらどちらの方向に動いて来たのだから、多分今後はこういうふうになるかもなという予兆というか感じというか非論理的な時間軸の先にありそうなものがポッと浮かんだら建てる、落とすというようなことを身体が勝手にしてしまうということで、分割の枚数とか玉の重さとかそういう事も含めて体が自然に動くと言う事である。だから試し玉を建てて、その感じを見て、引かされたり利が乗ったりする玉の感じから、糸にかかったかなと感じたら、相手を驚かせないように増し玉しながら本玉を作って行くということが最初の仕事なのである。
音楽と同じだろ。音は残響して連続する。この音の後にはこの音が続いてと脳は単音を聴きながら無意識に次の音がどう心地よいのかを予感しながら繋がりそしての音の流れを音楽として楽しんでる。そこに不協和音が入る事もあるし、異質で違和感のある音が混じる事も無論あるんだが、それを加味してこちらの玉と相手の波との折り合いがいい感じになるように踊れば言い訳だ。下手は試し玉が総じて使えないのだが、試し玉というのは本玉の前に建てるから試し玉なんだろ。時間的に手前に必ずあるから、買い下がるとすれば最初から引かされるに決まっている。どれぐらい(値幅と時間と2方向を見てんだろ)引かされてから次の分割に移るのか、それとも一旦落として、休みを入れてまた入るというために新値を数え、鞘を見て、リズムの呼吸を合わせていくんだろ、安さんが猫をかわいがるようにとかねーちゃんと恋をするようにとか、そういうコツを書いてるんだが、有名大学出たような奴に限って真面目に猫を飼ったり、ねーちゃんと遊んでない奴ばっかりだからちっとも試し玉が使えないということになるんだろ。てめえのかーちゃんのご機嫌取りと同じ事を相場ですればいいだけだろと思うが、本に書いてあるのは典型のことだから、やってみるとその通りになりっこないんだよ。相場の値動きは生きているから、本の通りになるのなら馬鹿でも取れるんだ。少しずれたり、例外的な動きが大抵は混じるんだ。それがどれぐらいズレてるか、例外的かを身体的に感じるためにわざわざ面倒な道具を使って相場の値動きを見てるわけだろ。何が典型で何が例外かなんて長い間同じ形式で同じ銘柄を書き続けていかないと慣れが出来ないから瞬間的にわかりっこないだろ。後でわかっても遅いんだよ。ペン先で瞬間的にフッと思ったら建ててるの。だから買いの時は柔らかいペリカンで書いて、売りの時は固いグラッパで書いてるの。釣りでもルアー替えるでしょ。だから道具をこちらも相手や行為に合わせて好みのものに換えるのよ。だからごちゃごちゃ言わんで10年書けっていってるわけよ。やるかやらんかだけのこと。やればアホでもわかるし(身体でわかるという意味だ)やらんとわからんの。しかも10枚の資金と1000枚の資金じゃ、同じ銘柄追っても、入り方が異なるのは当然なんだよ。遊園地の手漕ぎボートと戦艦大和動かすのは、同じ船でもタイミングも操作も同じになるはずないだろ?と馬鹿は考えないんだね。笑ちゃうのは最安値を買ったり、最高値を売るのが上手いとマジで馬鹿は思ってるんだよ。塾でもそういうやつは全部だめだった。だって当てもんだもの、そんなの。続きっこないよ。上手いのは一連の操作が流れるように建って、増して、減じて、落として休むというような譜の流れということなのよ。これもやらんとわかりません。やれば初心者は損ばかりで嫌になる。すぐに固まる。死後硬直と言いますが、、(笑)下手だと本当に動けないの。落とせばいいのに損切れ無い。たった10円かそこらが落とせないの。1万円の損だけど、月の小遣いが5万の人だと損切り3枚はたしかに切実だよね。牛丼食えてたのがカップラーメンになっちゃうからね。(爆)それで誰かが3万の昼飯食ってると考えると腹立つでしょ?でもそれで腹立ててるようだと多分ダメだと思うなあ。自分と誰かを比較しているようだと相場師は難しいと思います。だって相場は自分の感覚の世界、自分と波との世界だからねー。だからそういう人は相場なんてしないほうが良いですよと言うのだが、やりたがる。相場をやるには最低でも1000万や2000万ないと無理じゃないのと思います。それで1000万で100円の株を最大で30枚だけにする。700万は使わない。それで−1、ー1 2−だけ1000回練習する。すると名人にすぐなれると思うし、林さんも本で書いてる通りです。最初は上達なんかしませんよ。痛い思いを何度もして、自分のダメさを(建てるべき時に建てられず、落とすべき時に落とせず)思い知る。それでもなんとか続けていれば自然になんとかなるもんなんだ。なんとかならんと破産だからね。破産すれば金がないから相場は出来ないでしょ。それはそれでいいじゃない。静かに暮らせばいいのよ。でも700万は残ってるから破産はしないでしょ。センスも無いし、根気もないし、動作がダメだしとわかればそれで諦めつくでしょ。残りのお金でまたリーマンしなさいよ。ド下手な人はそれのが多分向いてると思います。

What am I to you?

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What am I to you 
Tell me darling true 
To me you are the sea 
Fast as you can be 
And deep the shade of blue 

When you're feeling low 
To whom else do you go 
See I cry if you hurt 
I'd give you my last shirt 
Because I love you so 

If my sky should fall 
Would you even call 
Opened up my heart 
I never want to part 
I'm giving you the ball 

When I look in your eyes 
I can feel the butterflies 
I love you when you're blue 
Tell me darlin' true 
What am I to you 

Yeah well if my sky should fall 
Would you even call 
Opened up my heart 
Never want to part 
I'm giving you the ball 

When I look in your eyes 
I can feel the butterflies 
Could you find a love in me 
Could you carve me in a tree 
Don't fill my heart with lies 

I will you love when you're blue 
Tell me darlin' true 
What am I to you                Liryc      Norah Jones


What am I to you 

Tell me darling true 
To me you are the sea 
Fast as you can be 
And deep the shade of blue 

When you're feeling low 
To whom else do you go 
See I cry if you hurt 
I'd give you my last shirt 
Because I love you so 

If my sky should fall 
Would you even call 
Opened up my heart 
I never want to part 
I'm giving you the ball 

When I look in your eyes 
I can feel the butterflies 
I love you when you're blue 
Tell me darlin' true 
What am I to you 

Yeah well if my sky should fall 
Would you even call 
Opened up my heart 
Never want to part 
I'm giving you the ball 

When I look in your eyes 
I can feel the butterflies 
Could you find a love in me 
Could you carve me in a tree 
Don't fill my heart with lies 

I will you love when you're blue 
Tell me darlin' true 
What am I to you                Liryc      Norah Jones


ちょっとロンパリの大きな瞳で正面を向いてこんなことを聴かれた男の気持ちになってみる。ノラの両親は離婚して、小さい頃から彼女はいつも一人でラジオから流れる音楽を聴いて、ピアノの練習をして歌を歌っていた。今でいう鍵っ子(もうそうは言わないのかもしれないが)だろう。だからこの詩は彼女の母の歌なのかもしれない。空が落ちてきても貴方と離れるのは嫌!なんともすごいグリップだが、彼女の瞳には僕の心のバタフライの陰が写っている。眼が泳ぐというのは嘘をついている、隠し事があるという事だから「私はあんたのなんなのさ?」とストレートに聴かれたら、黙るしか無い。こうして多くの若者は草食になっていったのかもしれない。どん引き以外に瞬間的な保身はないものねー。自分が拾った男が自分から逃げて行く。だって逃げないと危ないと男は思うから、、。逆転の構図が21世紀の男女関係の縮図ということになるのなら、男は使い捨て、強いアメリカはやはり女が作っていると言えるだろう。もっとアジア的な男女の縮図はアルカイダ以外にないものか?側室がいて、のんびりと歌を詠んでせつない夜を待つ、そういう源氏物語の世界がなつかしい。新幹線で東京を往復して大金を稼いだら帰りはビールをカーンと開けて「うめ!」というような女が三島近辺には結構いるらしい。
 女が仕事を男と同じようにするというのが流行になって、それをすれば大抵は女のほうが男より真面目に仕事をするのだから、どうしたって結果は女の勝ちになる。それはそれで宜しいが、男の使い道を彼女たちはどうしようというのだろう。居なくても困らないというのが本音かな。それともペットに飼おうかな。種馬以外に使い道がないか、あるいは奴隷か下男として(実際は僕の生活もそれに近いような気もしないではない)食事を作り、洗濯をして夜を待つ。空いた時間で相場をやって獲物が捕れたら酒を買い、車の運転をして買い物の荷物を運び、食事をして金を払う。だから僕も一度は「オレはあんたのなんなのさ?」とそっと聴いてみたいが、あとが怖いとやはり聴けない。ドルーズの隷属の構図というのは実はこういうことなのかと本を買った10年後に体感した!It's too late! だから1週間でマダムが土曜に来て火曜に帰るとホッとする。週末は疲れるから水曜は三島にマッサージに出かけて、人様の奥様に脚だの腕だの背中だのを2時間かけて揉んでもらうことになる。10回通っても7万円もしないのだからこんな楽な事はない。
 ノラのビデオプロモーションはCome away with me. という逆ナンパの歌である。でかくて古いグリーンの2ドアキャデラックにノラが乗ってカントリーロードをゆるゆると流す。ジョギングをしている身体強健、ルックスイケメンを拾って横目で美味しそうと見ている。よだれが出そうなそんな眼なのね。すると白バイが来て速度違反で捕まえる。ノラはチケットを支払うというそんな3分ぐらいのビデオだが、逆転はもう既に起きてしまっていて、それは不可逆的な逆転で、日本でもそう実は我が家でも起きているのだ。というか最初からそうだったような気もするから多分記憶が錯綜しているのだろう。実はマダムに秘密で孫の写真を上げた。眼をぼかしているから特定は出来ないだろう。こいつはもう5歳で来年小学生だが、すでに本妻と妾がいる。更に毎週2回ぐらいは他の新しい女に次々と手紙を書いているらしい。ヤルナー!「so君は大人になって建築家になります。素敵なお家を造るから一緒に住もうね、、」どこかで見たような文面だが彼のお手紙はイラストがついている分だけ2世代たつと進化しているのがよくわかる。ナンパは数の勝負だから、とにかくたくさん声をかけることが成功のコツで、かかった魚の処理は後で宜しい。まずかかるかどうかの勝負なの、という事を僕は教えてもいないのだが知っているのだ。そう遺伝子的な記憶というものなのだろう。小さな頃から女と付き合うコツを覚えれば、他の個体がどん引きだから彼が生き残る確率は高い。あとは餌の取り方を教えればひどい世の中になってもなんとかやっていくに違いない。釣れすぎても困る事はないって。投げと踏み、コツはそれだけよ。ヤバと思ったらすればいいの。
 「いいかい、なるべく元気そうなメスがいいんだよ。お尻が少し大きめで給食をおかわりして、花のように見た目が可憐でも怒ると鬼のようになる娘がいいんだよ。そういう娘とたくさん仲良しになると後が楽だからねー。それから毎日野菜を食べなさい。肉は少なめにね。料理を覚えるとたくさんメスが釣れるらしいよ。野菜は爺ちゃんが送っとくからね。」

Never Let me go

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 機械的隷属と社会的服従を2つの概念としてわれわれは区別する。隷属とは、人間自らが、上位の統一性による管理と指揮のもとで、人間同士で、あるいは他のもの(動物や道具)とともに合成する機械部品になっている場合に現れる。服従とは、上位の統一性が、動物であろうと機械であろうと、外部のものとなった対象にかかわる主体として人間を構成するときに現れる。このときもはや人間は機械の構成物ではなく、労働者や使用者となり、機械によって利用されるのではなく、機械に服従するのである。こう言っても第二の体制のほうがより人間的であるというのではない。ところで第一の体制は、まずなによりも古代の専制的社会形成に関係するように思われる。この場合人間は主体ではなく、全体を超コード化している機械の部品である。古代帝国をメガマシーンと呼びさらにそれはメタファーではないと断っているルイスマンフィールドは間違っていない。「ルローの古典的な定義に大筋でしたがって、機械を、特定の機能を持ち、人間の制御のもと運動の伝達や作業の遂行のために動く固定的要素の結合とみなすなら、人間からなる機械も立派に一つの機械であった。」確かに、機械の勝利、特に動力機械の勝利を押し進めたのは近代国家と資本主義である。だがこれは、外的に定義しうる技術機械について語っているにすぎないのである。そしてまさに人間は、技術機械によって隷属されるのではなく、服従させられるのである。この意味で、技術の進展とともに近代国家は、だんだん強力になった社会的服従によって機械的隷属を置き換えたように思われる。すでに古代奴隷制や封建農奴は、服従への過程であった。資本主義の「自由な」裸の労働者についていえば、主体化の手続きは、流れを中断させる部分的な結合に入る事さえない点で、最も徹底した服従の表現となっている。事実、資本とは全ての人間を主体として構成する主体化の点として作用しているが、個々では一方の「資本家」は、資本という私的な主体性を形成する言表行為の主体であり、他方の「プロレタリア」は、不変資本を実現する技術機械に服従する言表の主体である。給与という制度はこうして、人間の服従を前代未聞の地点まで進め、特別の残酷さを示すものとなるだろうが、、それにもかかわらず人道主義的な叫びをあげる必要がなくなるわけでもない。いや人間は機械ではない、我々は人間を機械のように扱いはしない、可変資本と不変資本を混同する事は決してしない、、、。
 しかし資本主義が世界的規模での主体化の企てとして出現するとしても、それが脱コード化された流れにたいして公理系を形成することによってなのである。ところで主体化の相関物としての社会的服従は、公理系そのものにおいてよりも、はるかに公理系の実現モデルの中に現れている。主体化の手続きとそれに対応する服従が現れるのは、国民国家または国民的主体性という枠組みの中だからだ。国家をみずからの実現モデルとする公理系そのもののほうは、技術的なものとなった新たな形態のもとで、機械的隷属システムを再建し、発明している。もはや形式的な「統一性」という超越性のもとにではなく、公理系の内在性のもとに置かれているのだから、これは決して帝国機械への回帰なのではない。しかし、これは人間がその構成部品となるような機械の再発明であり、人間はもはや機械に服従した労働者や使用者ではなくなっている。動力機械を技術機械の第二世代とするなら、サイバネティックスとコンピューターは、技術機械の第三世代となり、全面的な隷属の体制を再び作り出している。「人間ー機械というシステム」は、人間と機械の関係を非可逆的かつ非循環的にしていたかっての服従にかわって、この関係を可逆的かつ循環的にしている。ここで人間と機械の関係は、もはや使用や活動という用語によってではなく、互いの内的なコミニュケーションから成立する。資本の有機的組織において可変資本は、企業や工場を主な枠組みとする労働者の服従の体制(人的余剰価値)を決定する。しかし、不変資本の比率がオートメーション化の中でますます増加するとき、新しい隷属体制が見いだされるとともに労働の体制にも変化が起こり、剰余価値は機械状になり、先の枠組みは社会全体に拡大される。
        「捕獲機械」    資本主義と分裂症  ジルドルーズ、フェリックスガタリ          1994河手書房 刊より転載

 マダムがキンドル欲しい!というのでアマゾンで1クリックで買った。9980円らしい。あまり代金のことは興味が無いものは安いのか高いのかわからない。でも1万円で古典が読み放題という便利さは、こんな田舎の山のてっぺんにすむ引退親父には格別だ。早く買えば良いのにと周囲は言うのだが、仮に買えば便利だからますます外出しなくなるだろう。2週に1回でも山を下りて街というほどではないにしても人が歩いている場所に行くというお籠りでない行動をしないとなんか核戦争の後の地球で最後の残った一人みたいな気がしてくるから、「あんたそれはマッカーシーの読みすぎよ」とマダムに馬鹿にされるのだが、webを通じて交信される東証のホストは現在のところ支障無く板が動いているのだから、人類が死滅しても電気があれば機械は動くし、僕の注文は届いているのだろう。通貨はコンビ二のATMで24時間引き出しが可能で、新生銀行や三菱やみずほに?????万円入れているから、ここが潰れない限り食料やガソリンぐらいは20年分ぐらいは多分買えるんだろう。どうせそんな長生きは出来ないだろうし、、。もっとも通貨が使用不可能になったり物価が大きく変動したりモノが不足して買えないという事が起きる可能性のほうが多分高いのだろうが、、。誰もいなくなった地球で、自分一人だけ残っても意味が無い気がするし、そうなれば食べ物と水の略奪戦は起きないはずで(誰もいないのだから)仕事をしても意味が無い。というか今でも意味は無いし、そもその仕事に意味など最初からないのだ。それよりも洗濯物を干してアイロンがけをするというのが実に僕は好きなのだ。引っ越しの時に2万円で買った日立の中国製の洗濯機をぶんぶん回して下着や布巾を洗う。脱水の音が実に勇ましいから中国製のモーターでも別に問題が無い。グローバル経済の恩恵は消費者にあるのは確実に実感できるし、恩恵の反対側が何かというのは賃金の下落と雇用の喪失というダウンサイドなのだろうが、そもそも個人的な対応をすればよいだけのことで、賃金は貰わなければ宜しいし、雇用は雇われなければ宜しいだけのこと。つまり仕事なんかするなということだろう?事実僕は賃金はゼロだし誰も雇ってくれないが生きている!これでお嫁に行く資質の一つを僕は獲得していると自負しているのだが、果たして還暦手前の減価償却済みのくたびれた男をお嫁にもらってくれる美女がいるだろうか?まだあそこは元気だし、料理も一応200冊ぐらいレシピ本どおりには作れるようになった。持参金が必要ならないでも無い。嫁入り道具は家と車が一応有る。僕が高原の部屋で洗濯をしてそれを干すという行為には、高原の地形の凹凸を視界にいれるという付帯するおまけが必ずついてくる。物干は富士山の方向に平行に配置されているから三島から清水にかけての由比の海岸線が遠くに見える駿河湾を見下ろす動線に愛鷹山から毛無し山系が襞のように連なるなだらかな日本の山並みは、かっての万葉集の世界を彷彿とさせる美しいカーブで、カズオイシグロの「遠い山なみの光」を連想させる。長崎の山なみの風景は覚えていないが、どこかであの既視感、迷宮性、時空の歪み、円環性と連なるドルーズのミルプラトーのテキストにたどり着く。なぜか薄ぼんやりとして悲しい既視感のイシグロの世界。あの海岸線に打ち上げられた座礁船の悲しいたたずまいは僕たちそのものの未来ではないのか。”Never Let me go"を聴きながら、枕をかかえて一人キャシーがスローバラードでダンスを踊る。『私を離さないで、、』
 図書館という場所は、田舎の若いお母さんにとってのデスニーランドだ。ベビーカーを引いて学齢前の子供を連れてお弁当持参でやってくる。ちょっと正視するのがはばかられるほどの体液の匂いと出産の痛手と未来への希望に満ちて少し崩れはじめた彼女たちの体型は上野千鶴子の描くジェンダーの世界とはひどく遠い。あんな痛い眼にあって、いや痛い思いをしたからこそ女子は現実を掴み取る。男は根が無いから、いつもフワフワしているのだろう。それを架橋するいかなる言葉も僕に無いのなら、彼女たちが拾うものを投げるという行為(宝石であれお金であれ)以外、男が出来ることに何があるというのだろう?原始時代から男は羽飾りを贈った。遺伝子を残すという唯一の目的を脳は快楽のおまけをつけて記憶していたのだろう。黄色の羽がダメなら赤い羽を、赤い羽がダメなら青い羽を、それでもダメなら3色のアレンジメントを、、欲望はそうやて拡大し、やがて資本主義となった。彼女たちを崇拝するのは、彼女たちが子供を産んだという事実とこれから産むかもしれないという可能性について僕の蛇の原始脳が匂いをかぎ付けて勝手に感じ反応するということである。子供を産むという行為を永久に封印された男という種族はだから悲しい既視感の滅び行く人類の過去である。どんな名演説をケネディーがしても、撃ち殺された彼の隣のジャクリーンが未来をこしらえた事実は残る。The water flows on,but the rever remains.   娘はそう言った。男は水で女は河なのだ。人間の風景は女が残したものである。
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In the long history of the world,only a few generations have been granted the 
role of defending freedom in its hour of maximum danger. I would not shrunk from this responsibility;I welcome it.I do not believe that any of us would exchange places with any other people or any other generation. The energy,the faith,the devotion who we bring to this endeavor will light our country and all who serve it. And the glow from that fire can truly light the world.

 And so,my fellow Americans,ask not what your country can do for you;ask what you can do for your country.My fellow citizens of the world,ask not what America will do for you but what together we can do for the freedom of man.
                                                                                            JFK   Inaugural Address  1961

いつ読んでも実にカッコイイ!40年以上前に確か受験の模試かなんかで最初にお目にかかって以来、あまりの構文の見事さに圧倒され、アメリカの上流階級というものはこれほどたくみな言葉を選んで庶民をあおるのかと感動した一人である。彼の親父が相場で儲けた大相場師で、息子は大統領になった。そしてジャクリーンと結婚しながら、執務室にモンローを連れ込んでHしていた。想像はめぐる。こうした演説を彼が書く指は、核ミサイルのボタンに何回か触れる誘惑にかられたことがあったのかもしれない。一方でそれ以上の頻度で、彼はモンローとジャクリーンのスカートを同じ指で実際にまくったのだろう。彼がインポでなくて世界は救われたんだなと不真面目な僕は思うのだが、僕の父親の世代に属するJFKが暗殺されてもう半世紀がたつのだ。オープンカーで狙撃された隣の夫を見てリアフェンダーに逃げ惑うジャクリーンの映像を見ながら、アメリカの女は生き残る強い本能を持っていると感心した記憶が有るのだ。そのジャクリーンもモンローが怪死したのち、突如オナシスと再婚して、天国のモンローに意趣返しを行った。スキャンダラスな喧嘩のやり方を彼女は実に心得ているのだ。SEXも結婚も社交(仕事の)うちである。こういう強いアメリカ女を怒らせるととんでもないことが起きるのだろう。だからアメリカ男は毎日、奥方に“I love you"と言うのを忘れない。そしてバイアグラを飲んで週に2回はベッドスポーツをしないと離婚理由の合法的根拠とされてしまうような国柄である。バイアグラはこうした女性のニーズからきっと生まれた薬品なのだろう。
一般的に演説という文章は、共感を引き起こすことに目的を置く。だから対置法という構文で、相反する事象を措定して、AかBかさあ、君ならどちらなんだ?と問いかけることが多い。この問いに出口は最初から一つしか用意されていないのは当然で結論は決まっているからどんな立場でも一つにまとまらざるをえないという構成を作って行く。 ask not what -----ask whatで対置させ、さらにask not whatとリフレインがあった後に but what でダメを押す。実に見事な構文という他ないから、誰か相当にインテリな文章のプロに書かせたものに違いないだろう。

人は通常は言語によって意思の疎通を行う。言語の性質はその民族の特質を表彰しているのは言うまでもないことで、大江のノーベル賞受賞講演の題目”曖昧な日本の私”ーーーこれは川端康成の同講演”美しい日本の私”をパロっているーーー日本語の持つ曖昧さが日本人と日本文学の特質を表彰していると言っているのだが、大江はこれに真っ向から逆らおうと苦闘して自分の文体を作り上げた。つまり主語があって目的語と補語がある、あの英語の基本5文型みたいな文章で文芸作品を書こうとしたのである。無論、響きとして美しいわけがないが、自分の悪文(自ら彼はそう自覚して彼の文章が外国語に翻訳された時に違訳が起きるのを極端に嫌ったような英語で言えばthat,whatのリフレインのような長たらしい、どこで切れるか忘れてしまうような文体でだらだらと書くのだ。)はだから読みにくい、だから売れないということが日本ではおきる。初版1200部なんてことが欧米でおきるはずもない事が日本では起きるのだ。ゼロが2つぐらい違うことがこの国では起きる。売るためには大衆に合わせたレベルまで品質を下げるのが当然のマーケティングだが、果たして文学は商品だろうか?
大江の作品は一貫して最近は古義人(コギト)が小説家として登場する。あのデカルトのコギトである。無論大江本人をトリックスター化したものが、革命(彼は革命家でありビートジェネレーションの旗手である)しかもそれはクーデターとその伝説にまつわる四国の森の神話の物語を背景に語られる連作で、現実と幻想を交差させながら世代を超越させて時間軸を歪めて記憶と言語、言語と思想、思想と歴史、歴史と記憶というメビウスの帯のリフレインのなかに自然に読者を迷い込ませるという手法を多用する。メイスケサンも大婆(おおばあ=over)もトリックスターでありちょうどガルシアマルケスの"100年の孤独"のマコンドの死なない英雄と美女のメタファーを作品中でパロっている。小説内小説というロシアのマトリョーシカ人形のような配置とすることであらゆる文化は相互補完的な模倣と突然変異であると誘導して行く。構成が複雑で、連作の重複部分で描写が異なるという配置をわざと行って読書の記憶を錯乱し、歴史の歪みと意識の錯乱を誘発させて世界の混沌を再現させる身体的な技法を駆使する彼の長編を単独で読んでもちっともチンプンカンプンで面白くもなんとも無いのだが、読み方という点で垂直に5000ページも10000ページも読むほど時間を避ける読者は現実には多くないだろう。それでも彼は文中では自己否定しながらも実に強い自己肯定の全能感で仕事を進めているという印象が僕には強いのだ。その一点で反商業主義的な作家であり、ある意味日本の宝であろう。愛される事のないトリックスターという配置を自分の生涯の役割として引き受ける。”ならぬものはならぬのです”という会津の殿様のように、高い視線の位置から言葉が降りてくる。そういう損な役回りを楽しみにしているのかもしれない。トリックスターの照れ笑いのように、、。
長々と書いたが、実は”全能感”とはなんだろうとふと最近感じる事が多くなった。
ジャンルは別として良い仕事をしている人を見ていると、疑いがないのである。だから当然に独善的でわがままであるが、実に幸せな顔をして仕事をしている。みなんな迷っている、揺れている。だから全体は語り合う、なめ合う、群れるという集団的な方向に流れていく。善し悪しではないが、そういう中心と周辺との差が際立つ時間軸に僕たちは否応無く巻き込まれてしまう。山に引っ込んで、仙人というにはあまりに便利な贅沢暮らしをしていても、人がいないという点で僕の暮らしは3年で異質なものに変わったようだ。欧米のジョークに男が幸せになるためにする具体的な方法が2つあって住む場所を変えることと寝る女を替えることだという。そうかだからソロスは4回も結婚したのだなとふと鈍い自分に気がついた。マダムを替えると獲得できる全能感と変えた後に起きるだろう想像を絶する恐怖とを天秤にかけるという計算をするようなヤワな男に恐らく永遠に幸福は来ないだろうとフと思う。今年は相場で儲けたらバイアグラでも買おうかなあ、、。(笑)
        The water flows on, but the river remains.
                                                      Caroline Kennedy
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