ここから本文です
猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

書庫日記

記事検索
検索
イメージ 1
グローバリスとは無責任か?と自問してみる。僕は内田さんの指摘するようなタイプのグローバリストでは無論無い。山の上で相場だけで食ってるような爺さんがグローバリストなわけがない。内田さんはお忙しいから半年に50回とか新幹線に乗って大阪東京を往復するらしいことを嬉しげに誇ってぼやき気味に書いているが、彼のほうがよほど高速機動的な生活をされている。僕は4年間に1度新幹線に乗って以来乗っていない。移動は100%車で沼津ー東京を年に4−5回往復するだけ。後は旅行で走るだけ。ちっとも高速移動なんかしないから早くて高い車は宝の持ち腐れである。でも高くて早い車を必ず買う。趣味が無いから。自動車税を毎年20万払うのはそれが財源で道路を造るから必要な負担をするのは当然だと思っているから。金が出来たので内田さんはチャリンコでBMWのディーラーに行って、「これください」と注文したらしいが「ほんとに買うの?」と疑われたらしい。以前のコラムで売れない時に書いていたが、「ジャガーやポルシェは欲しくても買えない。」そう50歳ぐらいのころ書いていた、でも興味はあると。彼も僕同様、普通の大人の欲望はある人なんだなあ、再婚したしだからホッとした(爆)。内田さんは「いらち」(せっかちという関西弁らしい)だから筆が滑る。実によく滑るが、その滑り方が面白いので彼の教室は武者さんのブログと同様、必ず読んで「内田、それ違う、あんたアホすぎ。」と思う回数のほうが武者さんを読んで「おっしゃるとおりです」という回数の数倍はある。武者さんは無論インテリだから、滑るようなリスクをほとんど取らないのは、彼は自分の予想を交えた方法論で飯を食っているから、滑れば転び、転べば客をなくすという結果を厳しく認識しているという点で、言いっぱなしであとは知らないという内田さんアマチュア的経済論など鼻で笑う。それは当然で武者さんは人の金だろうが毎日斬った張ったのマーケットで実際の金取り合戦をしてきた人だから、毎月安月給を戴いて文句を言っている教師とは金や市場に対しての認識の厳しさのレベルが桁違いに強いからに他ならないからだと僕は思うのだ。空論は意味が無い、空論は金にはならないという点でグローバリストはリアリストである。でもシニカルなとこもあるけど悲観的な人ばかりのなかで強気に日本の未来に明るい絵を描くという素敵な人だと思うなあ。社会がどんなに変わっても金持ちと貧乏人はいなくならないでしょ多分。革命起こした北朝鮮や中国で金持ちは党の幹部しかいないでしょ?
内田サンは学者で教師で武道家だから、彼の身体論や修行論は実に優れた良い読み物だし、異論はあまりないのだが、こと経済論や政治論、になると筆が滑り出しはじめると思う。それは彼が日教組の出であり、組織論を正面から否定しずらい立場にあって、平松市長の選挙顧問かなんかを受けてしまったせいで発言にバイアスがかかって、橋元憎しでなんでもかんでもやり玉に上げるという少し大人げないところがあるからだろう。おっさん、もっと冷静に書きなさいよ。それに専門外のことをいろいろ書くとアホがバレバレになるからやめといたほうがいいと思う。少し売れると人間はこうなっちゃうのかなと悲しいサンプルにまたならないでね。餅屋は餅屋です。でも行動的なところは好きだな。自腹切って、道場つくって身体教育をしてらっしゃる。それだけにしといたほうがいいのに。
そもそも二元論で善悪を語るという大衆騙しの方法論は常に危うい。それを知っていてあえてするから卑しいなあと思うのだ。
グローバリストだって人間だから、所得が低い貧乏な底辺の層(ごめんね、馬鹿にしてるんじゃなくて区別するためにそう書いてるの)から搾取して社会に何も貢献していない害毒ばかり与えるというイメージキャンペーンを植え付けるのが常に左翼の常道で、内田さんもそういうところがあるんだけど、共産党とか社民党とか宣伝が下手だから、もっと電通とか博報堂とかに頼んで、ねーちゃん受けするような党の自己イメージを作れないから勝てないでダメなのだと思います。でもお金持ち(グローバリスト)と貧乏人(ナショナリスト)というわかりやすい構図は危険だよ。お金持ちは大体代々お金持ちの土地持ち、株持ち(ブリジストンの鳩山サンとか)会社持ちで保守的なナショナリストが大半でしょ。彼らは社会の良い所の大半を既に持っているから、変化が嫌いなの。だからグローバリストというのは現在の既得権益を壊して新しいルールで仕組みを変えようというアバンギャルドな革新的な考えの人たちなんだね。実は左翼に近いのね。貧乏な人は、もともとあまりそういう仕組み論なんか考えてる暇なんかありません。だって今夜のコロッケ買えないと子供が困るから、哲学なんて考える時間的な心理的なゆとりなんてあるはずもないのです。だから貧乏人はノンポリです。世界を見ても哲学者は大ブルジョワの子息令嬢が多いでしょ。エンゲルスとかボーボワールとかサルトルとか大金持ちとか貴族の子息ばかりです。でも富裕だからこそ貧乏人は可哀想と思って、社会主義を支持したりしたわけで、人間は欲だけで生きていないという例証で救われますね。
 グローバリストは高速移動性を価値の頂点に据えるという論は、有る意味正しい部分はありますね。東証の売買の6割が外国人なのは知ってますね、225の先物をイジルのは彼らのお仕事で、それで鞘取りしているからあんなに出来高や売買代金が大きくなっているわけで、これがなんでいけないのでしょうか?流動性を市場に与えてるから活気が出て相場が動くわけですね。外国人のペンションファンドが日本株をロングにするから上がるのでしょ?彼らは日本の資産を持ち上げて商売している。でも日本に住んでそれの恩恵を受けている日本人のナショナリスト(鳩山サンとか)とグローバリスト(武者さんとか僕とか)も無論同時に恩恵を受けている。ハッピーな訳でしょ。立場の違いはあっても、お金が向こうから来るのに来るなというのはアホですよ。同時に来たお金はいつかどこかへ行きますがまたしばらくするとやってきます。それはお金が世界中を波のように行ったり来たりすることで、自然な経済の流れなのですね。その流れ方が極端になるとリーマンショックみたいな事がたまに起きるわけです。でも武者さんの指摘の通り、現在世界は、特に日本は生産性の革命的な変化が起きて(インターネットの発明による通信革命、失業率の上昇による賃金低下によるコストの革命、円高デフレと海外生産による物価の低下によるコスト革命などなど)まさに資本の余剰(金利の劇的な低下)を新しい需要(インフレ)によって吸収しようとしているわけです。QEとはそういう事でしょ。だから黒田が根性があるぜというのはどうなるか予想がつかなくても、やるだけはやってみるかというスタンスで緩和を大規模未曾有の時間軸とスケールでやっているという点でソロスは根性あるぜ日本人もと思っているわけです。
グローバリストは税金だけ見てもたくさん払います。5500ccの自動車税はたしか10万近いと思います。(よく覚えていないけど)2台だと20万。一方軽自動車はいくらでしょう?5000円、8000円?買ったこと無いから知りません。1万としても20倍30倍のコストをグローバリスト(お金持ちのナショナリストも)は払います。道路を使うという同じサービスに対してです。でも文句なんて言いませんよ。それが社会と自分に役にたつのだから。軽は高速でベンツとぶつかると潰れて下手をすると死にますね。僕はまだ死にたくないからそんなリスクは取りません。メルセデスが2000万しても死んだら相場は張れません。相場を張れば何億も取れる人がたかだが自動車の1000万2000万ケチって死んだら元も子もないようなアホな選択するはずないのですね。だから単純な金持ち批判ならそれはそれで納得がいくのですが、カラシニコフ取って、暴力革命本気でするアルカイダみたいな行動派ならともかくとして、左翼が外野のヤジのレベルでは何も変わらない。趣味で言ってるのなら良いですよ。言論は自由です。でも卑しくも教師面して高説を賜るならばそれなりの行動をしろよ言いたいね。グローバリズムに対してナショナリストとしての近未来の明るくて貧乏人が豊かになる楽しい素敵な絵を描くのが仕事ではないのかね?ゲバ棒で革命できますか?出来っこ無いでしょ?だから革命なら具体論のないのはダメなんです。本気で革命するなら武器がいる。だから自分が防衛大に入ってエリートになって、戦闘機と戦車とミサイルを押さえてそれで首相官邸と議事堂を標的に入れて脅さないと革命なんで無理でしょ。革命の現実論を言うのなら、左翼はみんな防衛大に入ってエリート武官にならないと無理ですよと僕なら思います。でもそんな人はいなくてみんな机上の空論で東大の仏文かなんか入ってごちゃごちゃ文句ばっかり言ってます。もともと革命なんてやる気がないのですねー。朝日新聞が良い例ですよ。(笑)順ばり追っかけベッタリで、、。ビンラディンはその点、アメリカとロシアを上手に使って武装して本気で革命しようとしました。ブルジョワの息子でしょ。金持ちですよすごい。自腹で革命するのだから根性あります。有る意味あっぱれでしょ。そんな日本人見た事ありません。革命すれば血が流れるのは当然で、悪のキャンペーンやってるアメリカだって、ブッシュもオバマも小泉もミサイルでイラクの非戦闘員を何万も殺しているわけです。どっちが悪いかなんて意味があるとも思えない。それぞれの立場で主張を通せば、人が死ぬという事実があるだけです。

「人々はそれが自分たちの等身大の生活にどういう影響を及ぼすのかを想像しないままに、「資本、商品、人間、情報があらゆるローカルな障壁を乗り越えて、超高速で全世界を飛び交う状態」こそが人類がめざすべき究極の理想だと信じ込んでいます。どうしてそんなことが信じられるのか、僕にはよくわかりません。  
高速機動性が最高の人間的価値だとみなされるような世界においては、機動性の低い人間は最下層に分類されることになります。
この土地でしか暮らせない、この国の言葉しか話せない、伝統的な儀礼や祭祀を守っていないと不安になる、ローカルな「ソウル・フード」を食べていないと生きた心地がしない……そういったタイプの「地に根づいた」人たちは、グローバル社会では最底辺の労働者・最も非活動的な消費者、つまり「最弱者」として格付けされます。能力判定の基準が「機動性」だからです。
グローバル化というのは「そういうこと」です。自家用ジェット機で世界中を行き来し、世界中に家があり、世界中にビジネスネットワークがあるので「自分の祖国が地上から消えても、自分の祖国の言語や宗教や食文化や生活習慣が失われても、私は別に困らない」と言い切れる人間たちが「最強」に格付けされるということなのです。」

僕は高速機動性が全くないし、最下層のフリーターというかプータローですが(相場師は税務署の区分では何億取っても失業者だと思います。笑)世界中に家どころか賃貸マンションを転々として(身軽だし、欲しくないし、捨てるの楽だから)30年生きてきました。山の家は貸家がないのでしかたなく買っただけ。最底辺以下の失業者ですが何も困りません。あと数年で年金らしいけど別にいりません。全部どうせ孫の小遣いに多分なるでしょう。時間は自由で、グローバリストやナショナリストの数10倍の自由時間を持て余しています。だからグローバル人材になろうとなどしませんし、ソウルフードも好きで和食大好き。寿司も割烹も美食は大歓迎。でもフレンチもイタリアンもとても好きですね。言語は多少は英語を聴いたり話たり書いたりしましたが、今は翻訳専門で読んでます。仕事に必要がなくなると外国語は旅行以外不要です。ネットの海外サイトは英語が読めると少し役には立ちますが、、。
でも地域とか会社とか組織は面倒だから、中心から離れた仙人のような孤独が好き。煩わしいことは大嫌い。群れるのが大嫌いで、群れを見ていてたまにこけた奴を食って生きている。辞令一本でどこかに行く?あり得ないですよ。そもそも出社するような会社に行くこと事態がアホらしい時間とエネルギーの無駄と思ってるんだから。そんなのはアホのする事だろ?と本気で思ってます。だから二元論の善悪判断は無意味というが正当な現実を論破していないというのは明らかじゃないのかと思います。論考の目的は多数派工作ですから、多数決は多数が少数を強制するための方法論で善悪とは無関係で、だから民主主義は多数決でドジばかりすることになりますが、専制よりはマシな事が歴史的に多いというだけの事です。だからフランスのE.トッドの「帝国以後」「自由貿易は民主主義を滅ぼす」「民主主義以後」は優れた論考で「保護貿易論」を唱えるのは理解できるのですが、その保護貿易で失われるものの事に対する記述はありません。中国や途上国の雇用が失われると不安定な世界情勢になるんじゃないですか?仕事がないなら奪うしかないもの。雇用を先進国と途上国で奪い合っているというのが自由貿易の現状ならば、どうやって先進国の労働者が新たな雇用機会を見つけてそれを有効活用するかという視点で論考しないと進歩はないですよ。そろそろ「ものつくり」とか眠いこと言っていないで、現実的な金になる仕事のことを本気で考える時期が日本人に来ているんでしょ?金融でもサービスでもなんでもいいけど、売りはなんなのさ?ということ。もうソニーやシャープじゃ勝てませんということ。僕が相場のブログを書くのは、先物相場が世界で一番先に出来たのが江戸時代の堂島の米相場だったということで、もともと日本人は相場に関して素質があったのだと思います。酒田罫線はそういう背景で生まれた罫線の観測法であると同時に建玉法(逆張りの)なんですね。これを売りに出来るいわば日本製のただのソフトなんです。そういうことを誰も教えないし(林さんが教えてたけどもう死んじゃったので)教えれば1000人いて数人はものにするでしょう?その人はそれで食えるし貧乏人対策として良いかなと思ってこんなだらだらクドイこと書いているんだけど、金の欲しいのは全員貧乏人だから、使う事は少しも考えない。だからできてもいつも貧乏なままなんです。ソロスが本当に偉いのはイングランド銀行と相場張って勝って、その金で東欧に大学2つ自腹で作ったという金を使ったという点でしょ。山種は貧乏農家の三男で丁稚から始めて相場で買って、山種美術館作ってますね。世の中の役にたつことをお金を使うことで貢献してますよ。牛ちゃんは強羅花壇を宮家から買って料亭してます。だから作った金で何をするのでもいいんだけど、楽しく使えばなんらかの世の中のためになる。(雇用を生む。機会やチャンスを与える)お金は天下の回りものなんです。貧乏な人はケチでそれをしない出来ないんです、その出来ない日本人の体質を変えないと、豊かになる訳無いじゃんアホ!というブログですこれは。
だからとりあえず働かないで、プラプラしながらリーマンの100倍稼いで、旨いもの食って、10時間寝て、3回温泉一日に入って、たまに奇麗なネーチャンとメルセデスでデートして、そんな少しはズルくて楽しい爺さんが増えれば日本は確実に変わりますよ。いいなあという若者が真似るから。具体的なことがだから重要なんですね。
イメージ 1

驚くべきことは、この「勝ったものが総取りする」というルール変更に、(それによってますます収奪されるだけの)弱者たちが熱狂的な賛同の拍手を送っていることです。国民自身が国民国家の解体に同意している。市民たち自身が市民社会の空洞化に賛同している。弱者たち自身が「弱者を守る制度」の非効率性と低生産性をなじっている。倒錯的な風景です。 「みんな」がそう言っているので(実際には自分の自由や幸福や生存を脅かすようなものであっても)ずるずると賛同してしまう考え方というものがあります。マルクスはそれを「支配的なイデオロギー」と呼びました。グローバリズムは現代における「支配的なイデオロギー」です。
人々はそれが自分たちの等身大の生活にどういう影響を及ぼすのかを想像しないままに、「資本、商品、人間、情報があらゆるローカルな障壁を乗り越えて、超高速で全世界を飛び交う状態」こそが人類がめざすべき究極の理想だと信じ込んでいます。どうしてそんなことが信じられるのか、僕にはよくわかりません。  
高速機動性が最高の人間的価値だとみなされるような世界においては、機動性の低い人間は最下層に分類されることになります。
この土地でしか暮らせない、この国の言葉しか話せない、伝統的な儀礼や祭祀を守っていないと不安になる、ローカルな「ソウル・フード」を食べていないと生きた心地がしない……そういったタイプの「地に根づいた」人たちは、グローバル社会では最底辺の労働者・最も非活動的な消費者、つまり「最弱者」として格付けされます。能力判定の基準が「機動性」だからです。
グローバル化というのは「そういうこと」です。自家用ジェット機で世界中を行き来し、世界中に家があり、世界中にビジネスネットワークがあるので「自分の祖国が地上から消えても、自分の祖国の言語や宗教や食文化や生活習慣が失われても、私は別に困らない」と言い切れる人間たちが「最強」に格付けされるということなのです。  
もちろんそんな非人間的なまでにタフな人間は現実にはまず存在しません。でも、それが「高速機動性人格」の無限消失点であり、グローバル社会における格付けの原基であることに変わりはありません。 あるグローバル企業の経営者が望ましい「グローバル人材」の条件として「英語が話せて、外国人とタフなビジネスネゴシエーションができて、外国の生活習慣にすぐ慣れて、辞令一本で翌日海外に飛べる人間」という定義を下したことがありました。まことに簡にして要を得た定義だと思います。これは言い換えると、その人がいなくなると困る人がまわりに1人もいない人間ということです。
「グローバル人材」であるためには、その人を頼りにしている親族を持ってはならないし、その人を欠かすことのできないメンバーに含んでいる共同体や組織に属してもならない。つまり、その人が明日いなくなっても誰も困らないような人間になるべく自己陶冶の努力をしたものが、グローバル企業の歓迎する「グローバル人材」たりうるわけです。  
これは「地に根づいた」生き方のちょうど正反対のものです。「地に根づいた人」とは、その人を頼る親族たちがおり、その人を不可欠のメンバーとして機能している地域の共同体や組織があるせいで、「私はこの人たちを置き去りにして、この場所を離れることができない」と思っている人間のことです。
そういう人間はグローバリズムの世界では「望ましくない人間」であり、それゆえ社会の下層に格付けされることになる。  
繰り返し言いますけれど、どうして日本人たちがこんな自分たちに圧倒的に不利なルール変更にうれしげに賛同したのか、「支配的なイデオロギー」の発揮する魔術的な効果ということ以外に私には理由が思いつきません。  
      「内田 樹の研究室 脱グローバリズム宣言より転載」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー僕は赤の左翼の軟派相場師だから、内田大先生のような元全共闘の親父が大好きである。僕より5歳上でまあ兄貴みたいな年齢で、大学でデモの指揮をしていた世代である。GQの鈴木正文さんもそうで左翼的な思考をしている。みんな結構、毛沢東やマルクスを呼んで、「正義」に感動してアメリカのベトナム北爆を非難した人たちだし、それが間違ったとは今でも多分思っていない。ただ学園闘争は敗北して、赤いムーブメントは退潮した。みんながそれについていけなかったか、いかなかったかのどちらかである。僕も左翼が好きで、左翼から右翼に転じた西部慂の爺さんの番組を見ては「爺!がんばれ。血圧上がってるぞ。あ、唾がとんぜ、、』と喝采している口である。左右は別としてこの年代は声が出でかい。実に品がない。顔がでかい。スタイルを気にするくせにあまりオシャレじゃない。でもまあみんなきっと良い人です。(会った事ないけど、読む物見る限り、マジに日本の心配をしている。仕事も真面目で立派。実は僕はそこが嫌いなとこだけど。大江さんなんかも年は上でも同じシンパシーという感じかな。)小説家の高橋源一郎とか渋谷陽一(あのロックの)も同じ系統でサークル活動のノリで政府批判をするのが飯より好きという感じ。持ち出ししてもやるから根性がある。つまり行動的なガキっぽい大人である。
男に取って(女でないので女のことは知らないからこういう言い方許してね)誰か年上のリスペクトできる人というのは人格形成や仕事のやり方に多大な影響を及ぼす。ああいう大人になりたいという具体像があれば、大抵の男はそれを真似ることから仕事を始めるのが普通だろう。現在の若者にそういう真似るべき人が見当たらないとするならば、それは恐らく若者の責任ではなくその親たち上司たちの責任に違いないと思われる。だから自分の子供を嘆くような人は大体そいつ自身がダメダメというケースが大半だ。親がダメだから子供が似るのは当たり前、子供は親の鏡である。と偉そうなことを言っても僕の息子も勉強はしないし、喧嘩はするし、女はそこいら中で孕ませるし、まあ一般的に言えばレッキとした不良だから、無論僕に似た。女にとてももてる。毎回違った美女を侍らしている。これは少し僕の影響もあるかもしれない。顔はマダムに似ているか。でも悔いてはない。人に迷惑をかけるのはあまりスマートでないから戴けないが、馬鹿は馬鹿なりに自分で仕事を作り、20代で会社を作り、客に物やサービスを売っている。寝る暇がないのは僕の当時と同じだ。実際にそういう毎日の中で彼は仕事から多くを学ぶだろう。給料を貰う側ではなく払う側で仕事をすることは男にはとても勉強になるし、そういう男になってよかったねとその点は褒めようと思う。僕は一円も息子には金はやっていない。飯が食えない時は飯ぐらいは奢るが、、。僕のマダムはエレガントでスレンダーな美女である。だから子供たちはママが大好きだが彼らは不思議に僕に似ているのだ。娘はマダムと花屋を一緒にやっているが母子と思われた事が一度も無い。僕と娘が一緒にいると「そっくりですねー」と言われて娘はむっとする。誰が見ても生き写しであり、形以上に性格と態度が双子のようだから(デカイ)、お互いそれがわかっているからなるべく眼を合わせないようにしている。だってむかつくでしょ?そういう人って。
さて内田さんが忌み嫌うグローバリストの武者さんはというとTVでしか知らないがインテリヤクザという感じ。眼が細いから笑うと眼鏡の奥がキラッとしてちょっと怖い。BMW’750かなんか乗って、カルバンクラインかなんか来ているイメージです。(ほんとは知りませんれど)でもとっても実はやさしい人なんじゃないかなと思うのは、物事をきちんと説明して、具体的に日本を豊かにするための方法論を堂々と言う。「債券を売って株式と不動産を買え。とても儲かるから。」これだけはっきり言って仕事をしている。どこかの大臣よりよほど具体的経済対策を庶民に教えている。あとは庶民がするかしないかだけのこと。馬鹿には何を言っても通じないから、利口な人の話はちゃんと聴いた方がよいと思う。世界経済のことはきっと左翼の他の人より仕事柄よくご存知だから、感情的な憂国論など鼻で笑う。この点僕も実にごもっともと思う事が多いのだ。グローバリスとは弱者いじめとか弱者いびりばかりしていると言うけれど、そんなことはありません。グローバル企業はちゃんと仕事を作り、商品サービスを安く良い品物を世界中で提供し、消費者を満足させるという点で立派な仕事をしていますと本当の事を言っている。ユニクロはグローバル企業でブラックというけれど、そのブラックのおかげで、貧しい人が安くて良い服を(価格に対して良いという意味)を買えるというこれ以上の立派なことはない機能を担っていると僕は思っています。ブラックならやめちゃえばいいの。他を当たればよい。いくらでも人は甘っています。日本人が働かないのなら中国でもインドネシアでもフィリピンでも連れてくれば良いのです。甘えんじゃないのといいたいね。グローバリスとは多分、所得が億以上の人がゴロゴロいますから、別にユニクロの服が無くても困りませんが、貧しくて弱い人たちはユニクロがないと困ります。ダウンを3900円で売ってくれるのは貧乏人には実に有り難いことだろうと彼らは本音で思っていると思います。だから内田先生が、なぜ庶民がグローバリスムを熱狂的に支持するのかわからないというのは彼が貧乏でないからだろうと推察する以外に現実感がありません。多分、かれはユニクロのダウンでなくてももっと高くてオシャレなダウンを買っているかもしれません。MとかCとかAですよ。武者さんが着ているのと同じようなお値段の、、。
グローバリストはお金持ちが多いけど、そんなに働き物ばかりではありません。大物になると大抵は自分は遊んで誰かに仕事を振りますから、ナショナリストと同じようにさぼるコツを知っています。これでまた雇用が生まれます。だから適当にさぼるのは良い事です。高速移動性が人間の最高価値だなんて誰も思っていません。ランボルギーニやフェラーリやベントレーに乗るのは早いからではなくて他にめぼしい金を使う対象がないからです。だって飛行機やヘリなんて誰も簡単に操縦できませんから。つまり消費は大半が暇つぶしのシャレなんです。グローバリリストでも速度超過を見つかると免停になるのは貧乏人と一緒です。だからあまり飛ばさないと思います、日本では。必要のないほど早い車を買うのは、それによって需要を作り、少しはトリクルダウンに貢献するためですし、無駄がカッコイイと思っているからだと思います。無駄とは時間と物とエネルギーの浪費の事を普通言いますが、それをすることで需要を超過して作らないと貧乏な人の需要分まで彼らは仕事を(需要を作るのも仕事です)真面目にしているのす。これ経済の原則ですが、学校教育では教えません。哲学でもフランス哲学には出てくるし内田先生のご専門の分野ですが、都合の悪い部分は当然書きません。だから誤解が多いのだろうと思います。日本人は清貧の思想が好きなようですが、貧乏侍の寝言を誰かが吹聴して利用しているだけでしょう。それの方がコストダウンに都合が良いので、上がそういうと下は従順な犬ばかりの日本企業では、そんなものかと騙せるからですね。
 勝った者が総取りするというのも、別にグローバリスムだけのことではありません。常に経済的競争は歴史上そうですから詭弁としか思えません。ロシアでは共産党の時代は党が総取りでしたし、北朝鮮はご覧の通りの社会主義ですが、首長様の総取りですね。比較すれば民主国家のボスの取り分は実にみみっちいでしょ?だから鳩山さんは児童手当を母上から戴かないと運営が困ったんでしょ?ボスもヒラも全部実は世界レベルで比べると貧乏なんです、日本は。だから優れた人が、「これってあまりひどくない?もう少し世界レベルに近い配分にしないと日本は全員働くのをやめて生活保護になっちゃうよ」と憂いているのがグローバリストです。そのコストをグローバリストだけに負わせるのは酷でしょ。それをすると彼らは逃げちゃうと思います。いくらでも逃げる場所はあるからねー。
別に弱者を格付けなんてしません。被害妄想の類いだと思います。グローバリスとはたくさん儲けてたくさん税金を払っています。貧乏人の100倍も200倍も払いますが、サービスは同じです。でも文句は言っていませんよ。そのお金は生活保護にも使われています。世の中、持ちつ持たつです。金が全てはありませんよ。死んだら金は使えません。生きているうちにお金持ちも貧乏人もどんどん使いましょう。足りなくなれば刷ればいいのです。やがてインフレになるでしょうが、景気にはプラスでしょう。やってまいればよいのです。案ずるよりも産むが易しという 素晴らしい格言が日本にはあります。

ケッパコとゼロヨン

イメージ 1
山の冬は寒い。現在外気温は零度だ。午前9時で日照も薄曇り、無風ですこしガスっている。気温は100メートル上昇すると0.5度下がると登山学校で習ったので、ここは600メートル以上あるから3度は海水面より低いのだろう。静岡でもまだこのダイヤランドは海に近い。50年ほど前に三菱地所が開発した別荘地でおよそ5000区画ほどの土地に温泉を4カ所ほど掘って給湯している。ほぼ9割が販売済みで定住は区画の2割となかなか利用率は高いが、それでもあまり人が歩いていない。犬の散歩以外は全員車だからだろう。源泉は30度もないから加温の必要があるが、麓の畑温泉と同じような成分でアルカリのやさしい湯で、僕には合っているような気がする。こちらに来て医者は歯医者に一度行っただけで検診すら面倒でいかない。ガン家系だからそのうちどこかに出るだろうが寿命とはそんなものだから受け入れざるえまい。次の売りの場面までなんとか持たせてあと一華とは思うが、まだしばらくは先だろう。空を試しに売ったものはすぐに担がれるから相場が強い証拠である。1000枚近い現物の買い玉があれば3枚や5枚の売り玉は常にある。それらがまとまった利食いになるのは昨年は7−9月だけだった。突っ込んで反発して持ち合うの繰り返しだから上に離れるに決まってらあという感じのものが大半だ。
 家族や友人がたまにくるが、風呂に入って酒でも飲むとよく眠れるらしい。気分転換もできるから、こんなに大きな富士山が見られるるなんてと驚く人も多いし、日没時の駿河湾に沈む夕日をビューバスから眺めるのは圧巻である。大地が立体なんだというのが視点の位置で確認するのは都会ではなかなか経験できないから、田舎に住むと都会では考えもしないような経験をすることが出来る。最も近いコンビニまで4キロ歩く必要があるのだ。歩くと1時間、帰りも1時間。都会の人には考えられないだろうと思う。不便だからついつい物を余計に買い込む。アレが切れたといっても車で30分は走らないと何も手に入らない。だから田舎はイオンばかりがでかくなる。商品はどこに行っても同じ量産品しか売っていない。すこし気のきいたものはネットしか手が無い。東京に行くより品揃えが広く安く便利だ。アメリカのベストバイの決算を見たがネットの売り上げはもう10%に迫る勢いだ。日本の田舎もアメリカと同じようになるだろう。不便な場所ほどネットが便利だ。形態やスマホは生活を変えた。都会より田舎の生活のほうが影響は大きいはずだ。でもそれらは相場の道具としは戴けない。マダムは服の多くをイタリアから直接買っている。前は伊勢丹が多かったようだが最近は8割以上がネットでイタリアかフランスからだ。国産品はだから以前より売れなくなるだろう。我が家のワインは100%輸入である。生活はこのように住む場所で自然に変化していく。今まで60年近くも東京以外では住んだ経験が無いのだから、都市=生活空間という暮らししか実質的に知らなかったわけである。たまに旅行で都市以外に行く事はあっても、それは生活ではないから、深い部分での差異にはなかなか気がつかない。善し悪しは好みだろうし、比較してもあまり意味は無いと思うが、こういうこともあるんだなという発見は60歳になってもいろいろあるのだ。車は足と同じ事で、車でその人の活動範囲と可能性が決まるので、学校を出て一番にすることは免許の取得と軽自動車の購入が誰にとってもマストとなる。走る車の6割が軽だ。不思議な言葉が静岡にはあって「けっぱこ」という車がある。軽の箱形の車を称してそういうらしい。東京から来た人にはチンプンカンプンである。するとどこか「都会ものめが、、、」というような差別というほどではないがよそ者感情が瞳の奥に潜んでいるような眼に出会う。田舎の給料は安い。大抵の人が下が20万、上は40万と差がない。それでも土地が安いから生活には困らない。だから200万とか300万とか月給を取るような普通の比較的豊かな中産階級がいないので、そういう人相手の商品もサービスも皆無である。無い物は買いようがない。つまり金は意味がないということである。金よりも実際の役に立つ道具のほうが価値が高い。貨幣経済のウエイトが都会の半分以下という感じである。カルチェよりもスントの時計、メルセデスのクーペよりけっぱこのほうが利用価値が高いのである。つまり表象性は消えて実用性が復活する世界である。実に単純で面白い!だから当然に僕は浮いている。それはもう浮きっぱなしで誰も声をかけてこない。
大きなメルセデスは総じて品川か伊豆ナンバーが9割だろう。つまり別荘族か引退した別荘族というわけで、それが名刺代わりということになる。隠してもしかたがないから僕は品川ナンバーの東京で使っていた会社のメルセデスのワゴンを今も乗っている。6万キロも乗ったのはこれが始めてだ。大抵は2−3万も乗ればすぐに他のに乗り換えていたが便利なので距離が伸びて車検を4回も取っている。クーペはなんでも良いから浪費しようと思って、ヤナセに行ってその場で衝動買い。いつもにこにこ現金払い。そのせいかワゴンの車検は20万で相場の半額も取らない。次の買い替えを狙っているのだろう。
それでも冬は2−3回は積雪があるのがわかったので、次の買い替えは4wdのワゴンのほうが安全で、アウディーのS6なんかが丁度いいのかななどと思っていた。近所の火星人が車のプロなので聴いてみたら、あまりに加速が良いので血液が後ろに行って危ないよと言われた。5200のV10ターボのランボルギーニ用のエンジンで500馬力しかもフルタイム4WDだから安全性は高いもののその分飛ばしやすいと言う。まあサイズは同じような5Mぐらいの長さだし乗り心地も良いらしいが、レカロのレザーシートはデーと向きではない。身体にスポッと入るがこうラブリーじゃないなあれは。やはり車で愛を語るのは英国車が一番だろうと思われる。
 低位株は月足グラフでみれば三角持ち合いが激増している。ペナントというチャートパターンで、今年の春に目先の高値をつけて6−8月に突っ込みを入れた後、年末にかけて戻り小動きで出来高が細るという共通の値動きのパターンが多い。それらが突然動く。すごい奴だと2週で2−3倍に化けて、倍返しの急騰で人気化していく。まあいつもの株らしい初動の動きというわけだ。今年はこういう値動きをする低位株が激増するだろう。仕込みの大半を一応終えたので、後は順番を気長に待つしかない。昨日は池上通信が少し動いている。20枚ほど入れていた。昨日も今日も指数は弱いが、低位株は強い者が有るせいか値洗いは順調に新高値を更新していくので上げの案見に乗れている。ナイガイか切り返した。7枚を底で掬っていたが5日で2割上げている。相場は節分天井で一旦崩れるかもしらないが、崩れた所は増玉のチャンスとなるかもしれない。
養老先生が虫取りばかりしてる話は有名だが、人間の脳を研究してきたひとだから、彼の文明論や人間論はなかなか鋭い。都市とは人間の頭脳が作り出した空間であるという定義は田舎に暮らすと時間としてよくわかる。効率とか能率とかを優先して都市が造られ、そのなかで大半の人が生活している。東京の夜間人口は1200万、隣の県まで含めると東京圏で2000万ぐらいはいるんだろうと思う。日本の6分の1が集中して一つの生活圏、文化圏をつくるメガシティーである。だから資本主義が一番発達して、それこそ全ての人、物、金が集中してくる。
一方、静岡は田舎だ。近くの沼津で人口30万、三島で18万、僕の所は市でさえない。函南町は人口3万強である。だから何も無いのだ。人、物、金と全て無いのである。函南駅の駅前には店舗はコンビ二ひとつないし、無論カフェなんて無い。両替も出来ないから、小銭がないと困る。パーキングが自動だと万札が使えない。駅員は両替をしませんと表示していて、がんとしてしないから、本当に困れば切符でも買って崩すしかないのだろうが、女性がそれで駅員と喧嘩していた。旨い珈琲を飲むには僕は北海道の早川珈琲からcup of execellenceという高級豆をキロ単位で焙煎して送らせている。だから多分函南で一番旨いのは僕の珈琲だろう。ゲイシャを飲んだ事のある人は都会でもほとんどいないだろう。生産量が少なくて手に入らない。でもネットなら買える。
困れば誰でも自然と対応を考えるものだ。普段、僕たちは急がしさにかまけて物事をあまり正面から考えないようにしているのだなと田舎にくると感じる。あちらからくるものを受け入れるだけになっている。生活は本来もっとこちらから働きかける積極的なものであったはずが、都会にいると受け入れることばかりを強要されるようにいつの間にか飼いならされてくるのだろう。自分で選んで自分で決めて自分で行動する。すると受け入れる生活よりもメリハリの個人差が際立つ。多様性とは本来そういうものの結果かと思う。
だから僕はケッパコとゼロヨンするためにメルセデスを転がしている。

近所の火星人

イメージ 1
ド下手の3原則というのがある。プロ相場師が数人酒を飲むと自然に飽きれば相場の話になる。なんでアマチュアがこんなに負けてばかりいるのかなというツマミ代わりのネタで、その時の話は、まず当て物だからということ。相場を競馬と同じように、何がくるのかという予想をすることだと勘違いしている人が大半だから。これはアマチュアが火星に住んでいるということと同義で、プロとは同じ前提で相場を張っていないことになる。だから上手いとか下手という以前の前提の段階から異なるので、永久に彼らは地球には戻れない。オーイ!何処いくんだあ?と聴いても火星にいる人には声は届かない。だから地球の常識は多分火星では通用しないだろうから、こちらはそんな火星のわけのわからないことを考えてもしかたがないので、地球のことを考えるほか無い。それぐらい異なる世界に生きているアマチュアが多いのだ。きっと火星には火星の決まりがあるんだろうが、そんなことはこちらにはどうでもいいことだ。相場は地球でしているから、、。
 さて地球人の話をしよう。上手いと下手とはどう違うか?まあ数字の話をするなら、それで飯が食えるかどうかというのが上手いということだろう。料理の上手い下手というのも同じで、いくら家庭料理が少し上手に出来ても、それでは料理人とは言えない。お茶漬けひとつとっても、永谷園じゃ話にならんし、昆布とカツオで出汁をとっても主婦が作ると京都の千尋のような茶漬けは作れない。職人の技は簡単には真似できないのである。これは当然で、昆布にしろカツオにしろ、どこでとれたどんな昆布をどう調理するかということが重要であるから、そんな細かいことを素人は知らないし、知っていても恐らく出来ないからだ。職人はそういうことを修行しながら身体で多分覚えるんだろうと思う。だから職人は料理上手の主婦とはレベルの違う旨さなわけだ。つまりお茶漬け作るにも技術と感覚が一体化した身体的な動作が出来るということである。多分これがどの世界でもアマチュアとプロの分水嶺になる。それぐらい異ならないとなかなかそれで金は取れない。スポーツでも外科医でも料理人でも陶芸家や書家や画家、それだけで飯を食える人はそうしたフィジカルな動作を極めた人たちと呼んでいいと思われる。つまり頭で考える前に身体が自然に反応して正確に動いてしまうという状態で仕事をする人たちと言えるだろう。イチロー選手が、大きな外野フライを追いかけて、振り向き様にフェンスぎりぎりで取ってアウトにするようなシーンで、彼は身体が反応して見えないボールを(だって後ろからくるのだから)追いかけてちょうど良いポイントで振り返ってキャッチする。多分、打球の音とか最初の打角とかで動き出すと勝手に気配でわかるんだろう。見えないものが見えるように(見えていなくてもわかるように)身体が動くというまで繰り返し基礎的な練習を人の何倍もすることで達成される結果だろうと想像する。「なんとなくわかるんです。説明できないんだけど、、、。」そうインタビューで言っていた。
火星人でない地球人のアマチュアの話で、彼らはなんで下手なのか?それは基礎ができていないからだろうという話になる。下手の3原則というのは 順バリ、追っかけ、値動きベッタリを言うのだが、地球人のアマチュアはこういう3原則に乗っ取って売買しているから負けるんだろうと思う。よい例がデイトレードである。動いた株を追いかける。今日の上昇率上位のものに乗るというようなドレードをしていればまあ3ヶ月もしないうちに破産する人が99%以上だろう。退職金を2000万ぐらい突っ込んで信用で建てると6000万ぐらいの売買は出来るが、負けるとあっという間にオケラになる。相場の損が自己破産が利かないことも知らないミーちゃんハーちゃんなのだ。だから毎日JRが止まる。死ぬ以外の方法で家族にかかる迷惑を止める方法を知らない人たちなのである。兜町であいつ見ないよなと思ったらガッちゃって(破産することを相場師ではこう言う)家を売ってるよ。という話になる。僕に大損して相談に来るタイプはこういう人が多い。やり方を教えても、ザラ場でスマホで仕事の合間に売買なんかしていれば100%捕まるにきまってらあと思うのだが、教えてもいないのになぜかこういう馬鹿な事をする人が多い。いくら酒田の逆バリを教えても無意味なのだ。やり方と道具は一体だから、酒田場帳は逆バリの道具だ。それをスマホでザラバでやれば、僕に言わせればデザートスプーンで鯛の刺身を切ろうとしているようなものだ。デザートスプーンは口に入れるから尖っていたら怪我をする。そんな道具で鯛が切れるはずが無いという常識も無いのだ。ぐちゃぐちゃになってそれは刺身ではない食えない魚の残骸になるに決まってる。それで何百万も大損したり下手をすると家が飛んだり死んだりする。でも自分でしたことだからしかたがない。取り返そうと焦れば焦るほどドツボにはまる。そういう時はプロ相場師は、全部落として休めと言うほか無い。冷静になって反省して次のチャンスがくるまで休みを入れる。そもそもそういう張り方をプロは絶対しないから(片玉2分の一)プロとして生きていけるわけだ。プロは相場を単純に考える。難しいことは絶対にしたがらない。自分に一番簡単で取れそうな場所でだけ仕事をして、後は寝ている。平均株価とか指数とかほとんど気にしない。だって自分のやっていることとあまり関係ないことを考えてもしかたがない。以下は年明けに僕が試し玉を入れた譜の一例だ。
6217    1.9    -3   175        181 
6331    1.8    -1   177        180
6316    1.8    -1   271        273
       1.8    -1   268
6335    1.9    -5   116        121
6446    1.6    -6   87
       1.7    -3   90  
       1.14   --20  93         96
6507    1.8    -1   167        180
6675    1.6    -2   161        170
6704    1.7    -3   102        112
6955    1.6    -6   100 
       1.7    6-   140        188
6973    1.7    -1    189        193
7769    1.7    -3    142  
       1.9    −8   143        146
7244    1.7    -2    168        167
7914    1.14   -1    291        297
8840    1.8    -1    289        299
書くときりがない。上記だけでも18回に分割して買い建てて1回だけ翌日落としている。(6955)値洗いはご覧の通りで右欄が本日引け値だから18回仕掛けで17が買値を上回っている。率で言うと94.44%だ。例外の7244も多分月末には上げていると場帳からは思う。この間指数は225は大納会16291、topix 1302  本日引けは 15747と1294でいずれもマイナス3.4%とマイナス0.7%だ。つまり225も時価総額もマイナスなのに僕の買銘柄は94.44%の確率で買値を上回っている。
本玉まで進みつつあるのは3つだけであとは試しを入れた所でどうしようかな?というところである。利食いで転がれば下があるば入れて行くし、ダメなら落とすだけといういつも通りの操作になる。年末12月の中旬嫌な感じで8割以上を落としてほぼ1月近く休んでいた。場帳と玉帳を締めて、税金を計算して、月足と折れ線グラフを仕上げて、買い候補リストを作って大発会から少し出た。大きく下げたので横に広げて拾ったのが以上の踏み出しである。上げ途上で押した所をポツンと拾う。アホでも出来る逆張りだが、練習しないと出来るようにはならない。
100発100中ではないがほぼそれに近い。でも練習すれば馬鹿でも出来る押し目買いというやつだ。一番簡単な玉操作である。眼を瞑っては場帳が見えないから出来ないだろうが、仮に見えなくても4本値を誰かが読み上げてくれれば同じ事をすると思う。反射的に動いているのだ。結果は8日間で283万、率で3.3%ぐらい金が増えている。日給で35万だ。月給なら700万という計算になるかもしれないが、まあそんな期間利益などどうでも良い。玉が波に乗れていればあとはしばらく寝ているだけ。利益は神様が決めるからじたばたしても仕方ない。運が良ければのびるし、なければ伸びないだけのこと。飯が食えれば上等だ。こんなにたくさんはいくらなんでも飯では食えない。毎月住んでいるマンションの一室が買えるが欲しくない。毎月外車や時計も買えるが欲しくない。みんな持ってるから。毎日キャバクラ行けるが行きたくない。アホなギャルしかいないから。(爆)いくら稼いでも欲望がないとどうにもならない。つまり僕は欲望をほぼ失った三流相場師ということになる。何かに火をつけようといろいろ試すが火はつかない。燻りもしない。金はだから不要になるとやってくるという本でも書くか。
僕の仕事とは道具(酒田場帳と万年筆)を使って安く買えていたという結果である。プロは結果で食い扶持が決まる。あとは買値より高く売れば良い。どれぐらい上がるかはわからないが、グラフで見当をつけて分割で売り上がれば平均値は上がる。周期は3ヶ月の整数倍が多いようだ。出来た金をまた休ませて、前回の売値よりかなり下がればまた買う。以前に場帳の見本を上げていたがあれは 12.18  266 −1だった。この銘柄は昨年4月に368 5− 384 2− と売ったものの買い戻しの試し玉だ。この7枚の買値は70円ぐらいだった。5倍になった資金を更に3−5倍にならんかなとうねり取りをしているわけである。なれば最初の資金は20倍以上になる。100万が2500万だ。マフィアの麻薬みたいな生産性だろ?売値(384)より100円以上押したので8ヶ月目で試しを入れて今月は本玉に進んでいる。何度も同じ銘柄を買っては売り、売ったら休んで買い戻し天井まで付き合う。長ーいおつきあいという事だ。だから大底の50円から仮に500円まで上がるとその変動値幅450円の2倍ぐらいを頂ける事もある。これを逆張りの片張りの相場師のうねり取りというが、まあそんなことはどうでも宜しい。
場帳をそういう風に使用して売買しているからで、逆バリとはそういう操作で、値を追っかけたり材料を追いかけたりはしない。常の相場には向かえ、乗るは大粗暴のみという酒田の相場師のルール通りの売買を地味にしている。操作がベッタリしてないのだ。
それでも毎朝起きて、PCを起動して、玉帳を記入する。そのたびに金が増えて行く。全体とか指数は下げるのに関係ないのだ。上がるものだけ選んで買うからである。そのために月足グラフと場帳を書いている。なぜ上がるかは僕にもわからないし、業績なんて見た事も無い。面倒だから見ないのだ。どうせ全部値に反映されていると思うから。近所の人で相場を教えてくれという人がいたから、いやいや教えている。30年やって一度も利益になってないと奥方が嘆いていたからだ。5月から教えて年末に20%ぐらい儲かったと言っていたのでホッとした。道具はあげた。場帳の筆記見本と操作の初歩の初歩だけ教えた。30年一度も利益にならない人が、やり方が変えただけで名人芸である。地球に生還する人もだからいない訳ではないのだな。(笑)
イメージ 1
我が家のマダムは用心深いし執念深い。毎日夜の10時前後に生存確認のチェックに電話をしてくるのだ。きっと脳梗塞とか心筋梗塞を心配しているのだろう。特別僕は現時点で持病があるわけでもないし、特別に身体的に危険な仕事をしているわけでもない。薬のお世話になってもいない。ちんたら遊んでいるから病気にならないのだ。朝、昼、夜と3回は温泉に入るし、8時間は大抵寝るから病気の要素が多くないからだろう。悩みもないし、無いのが悩みで困るぐらいの能天気爺さんである。運転ぐらいはするが、それでも週に2−3回でしかもほとんどが彼女の送迎と買い物である。駅と自宅の往復で長くて30キロぐらいで危険な場所は凍結していないかぎりは無いのだ。東名を書けない速度で飛ばすのは年に数回だし、天候や混雑状態を勘案して走るから他人の迷惑になるような走り方は無論しない。他人に迷惑な走り方とは、例えばよく追い越車線を120キロぐらいでトロトロ走ってKEEP LEFTを守らない馬鹿なクラウンやレクサスみたいな奴のことで、自分より早い車がいるとは思わない馬鹿である。トヨタと日産の大型セダンとかあの小沢君が乗っている不細工なミニバンみたいのが大半で、つまり高速の運転とはどういうものかというのを知らないアホが大半である。人はやむにやまれぬ様々な理由で法規を破っても急ぐ必要が有るケースがある。追い越し車線とはそのためにあるのだ。だからどんなに自分のスピードが速くても後続車がミラーに映るれば左が開いたら左の車線に移るのが公共性というものである。公共性とは法規以前の前提である。日本人の多くはその社会の前提に置いて誤っているがその自覚がない。そういう始末に負えないようなドライバーは多分欧州で運転経験が無い田舎者で、多分パスポートも国際免許も持っていないだろうが。、、まいいか。
それでマダムは生きていて今日は何を食ったかとか何をしたかとか先生が生徒の宿題をチェックするような質問をする。答えるのが面倒なので、机の上に料理本を1冊置いておいてメニュー欄を適当に答えるとそれで安心する。つまり電話の会話とはその内容がそれらしい対応であれば用を足すという見本で、いちいち突っ込んで聴かれる事が無い。本当は面倒でレトルトカレーかカップラーメンで済ましてしまうこともあるし、大体食事なんて、一人で食うから何を食おうが上手くもなんともないからどうでも良いというのが本音である。大抵の男がそうだから、あんなマズいコンビニの弁当が売れるのだろう。あれは食事とは呼べない。餌である。料理を作るのは、暇を持て余す、気分転換がしたい、特別にこれが食いたいというような積極的な動機がないともともと好きでもないことをする男は多くないだろうと思う。さてマダムとの話は、たまに景気の話になる。彼女は買い物好きだし、ギフトやアレンジメントのレッスンが主体の花屋をやっているから女性客が多い。高くて珍しい素敵な花が売りだから、客も当然金持ちで、しかも土日はやらないという殿様商売だ。今週の連休は銀座に行ったらしい。カルチェの本店は大にぎわいであったという。随分と以前にカルチエのミニパンテールという金時計を誕生日にプレゼントしたのだが、6年も使わないで忘れていたのだ。電池切れなのか遅れていた。普段はシルバーの自動巻のルクルトをしている。きっと客よりあまり高いのをしていると都合が悪いからだろう。100万以上の時計をしていたり100万以上の指輪やピアスをしていると、女性は比較思考で物事を考える本能が男よりも甚だしく強いから「生意気!」ということになって商売に差し障りがあるらしい。下らないひがみ根性だと思うが、このような比較感に敏感なら、もっと小金持は消費を率先してするべきだろう。60−70の婆になって1億のダイアをしても誰もフーンとも思わない。30の時に100万のダイヤをしたほうが本人も周囲も幸せだろうと僕は思うから、若い時から少し贅沢品ぐらいに思うようなものを買ってはプレゼントしていた。すると不思議なことに贅沢が当たり前になってしまった。感覚の善し悪しというのは、結局は経験とバランスに尽きる。良い者は良いし、大半が高価である。高価であるから良いとは限らないが、感覚的に優れた物を作るには手間と暇がかかる。特に工業製品で量産を主眼にしていないものはそうだ。現在売れている時計もそれだろう。一人の職人が1個を作るのに300日もかかるようなものは千万円以上の値が付いて当然だし、原価が高いとそれぐらいは取らないと採算に合わない。だから1000万の時計と1000万のメルセデスを比較しても意味が無い。1000万の時計は永久カレンダーやレトログラードがついているかもしれないが、そんな機能は半導体ならすぐに出来るが、半導体を使用して外装をプラチナにしても1000万では絶対に売れない。客は馬鹿ではないからだ。客が買っているのは機能ではなくその時計の持つ神話を買っている。世界に何個しかないという希少性の神話であり、それはマニアにしか通用しない神話である。物は、特に奢侈的商品は持ち主を表象する。彼が、あるいは彼女が誰であるかは表象しないが、誰で無いかは表象する。これを持てば少なくとも貧乏ではない。少なくともダサくはない。そういう下らないプライドが売りのトークである。つまり高級品とは心理にエフェクトする商品で有る必要条件を満たすことが最低限必要になる。そういう機能が奢侈的な商品ということになる。仮に日本人が良く言う「ものつくり」で今後生きて行こうとするのなら、こういう感覚的に優れた奢侈的な商品を作るという点を強化しないと、ソニーやシャープの二の舞で没落するだろう。デザインではアップルに、機能と価格ではサムソンにあっという間に家電メーカーはやられた。ものつくりに負けたということで、挽回は当面出来そうも無い。日本企業は資本主義の本義、心理的な差異化の表象機能という事を真面目に世界レベルで考えることをしなかった。だから負けるべくして負けたのだ。敗因は為替だけの問題でない。価格など高くても売れるものは売れているのだ。高いほうが売れるという現象だって事実あるのだ。
高級な物、少なくても大衆が見て高級そうだと思えるものを作るのは容易ではない。安物を作るのは数を押さえればユニクロでもできるし、市場規模が大きいから論理的なビジネスモデルが成立しやすい。それは量産品の消費者がそれが量産品であると理解して買っているから、品質と価格のバランスに大衆的なコードが埋められていれば良い。しかし奢侈的な商品はそうはいかない。奢侈的な商品を使用する顧客層がいないとそもそも成立しないし、そういう顧客層は一朝一夕には生まれない。贅沢な事をするという習慣が生活スタイルに長期間定着する必要があるからで、定着が無いと一過性の流行物でおわる。つまり階級社会を前提としないと基本的には成立しない。欧州のブランドとはそういう神話で大半が成立している。日本がものつくりで勝つなら、その神話に打ち勝つ神話を作り出す必要がある。つまりそういう階級社会を作らないと勝てないだろう。が、そういう動きをしているようなものつくりのメーカーが現在あまり有るようには見えない。だから日本が材料や部品は別としてものつくりで成功するとは残念ながら思えない。だが社会の階級化は進むだろう。貧しい人は子供を産むという再生産が現実的にもう不可能になった。金持ち以外には子供も産めないし、産んでもろくな教育もできそうもないから人口減少は急激に進むだろう。残るはサービス以外にない。農業漁業というサービス、金融というサービス、おもてなしという医療、観光や娯楽のサービス。そういう業種が狙い目だろうと思う。階級化商品は日本ではサービスが主体となるだろう。
 マダムが今年はレッスンの代金を値上げするらしい。3割上げて客を絞り楽をしたいという。いいんじゃないかなと思う。べつにもともとが道楽の暇つぶしなのだ。楽しくやれば宜しい。金を稼ぐのは僕の仕事である。お店ゴッゴに飽きたということなんだろうと思う。
友だち
白猫次郎
白猫次郎
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
友だち(16)
  • ひよこ
  • key09.hatenablog.com
  • ベトナム
  • 妻田北
  • Mr.Blank
  • ホウセン
友だち一覧
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

開​設日​: ​20​13​/1​2/​21​(土​)

よしもとブログランキング

もっと見る
本文はここまでですこのページの先頭へ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
お米、お肉などの好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!

その他のキャンペーン

みんなの更新記事