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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

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日本海側では大雪らしい。山間部の雪も一晩で1メートルも積もるらしいから、新潟県などは大変だろうなあと思う。雪が降って良いのは、魚が脂が乗って実に美味になるというぐらいのことで、そんな小さなメリットでは合わないというのが大半の雪国の人の実感だろうと思う。午前中は雪かきに追われて、それをちゃんとしないと店や会社が開けたら無いとか屋根の雪で家が潰れるとか、日常生活が円滑に行かないのだ。労働量が増えるからお年寄りは大変だ。よく屋根から落ちて怪我をしたり亡くなる人も多いようだ。くれぐれもご用心である。
今年も年初にはここでも大雪が振って3日間ぐらい缶詰状態で身動きが取れなかった。テラスには80センチも振って、植物が相当アウトになったから、関東とか伊豆でも高い場所では低温と雪害がたまには出るようだ。現在外気温の最低はマイナス1度位で、石油ファンヒーターとエアコンで室温は22度ぐらいで快適だが、窓から見える景色は寒々としている。雨も振っているし、落葉が終わったメタセコイアは裸だし、残りの常緑針葉樹の濃い緑だけが別荘地全体を覆って、人の気配がないのだ。みんな温かい部屋に引き籠るか温泉で身体を温めているんだろうと思う、朝夕だけはお犬様のお散歩をするひとが数名道を歩いているのに時々すれちがうだけだ。きっとお正月までこんな調子で人気がすごく少ない状態がずっと続くのだろう。
 スタッドレスタイアというのこちらにきて初めて買ったのだが、確かに凍結路面とか雪とががあると抜群に安定して走るので安全だなと思う。ブリジストンのブリザックというブランドだがこれは優れた商品だと思った。FRは雪にはからっきし弱いのでもう1台4WDでも買うかと毎年思うのだが面倒で後回しにしていると結局買わないうちに雪が降って「アーア」ということの毎年繰り返しになるのだが、それはきっと4駆に好きな車があまりないせいかもしれない。ポルシェカイエンかパナメーラ、アウディーS8かS6アバント、ミニペースマンAWD,ベントレーフライングスパー、レンジローバーヴォーグぐらいを検討したり試乗したりしたのだがなんかピンと来ないのである。国産車でもスバルのレガシーとかエボークとかもなかなか良いのだが踏み込めないのは「ちょっとなんとなく違うかな」という感じで買えないのである。
 イメージとして「良いなあ、欲しいなあ」というのはおよそ13年落ちぐらいの丸目の昔の緑色のやれたレンジローバーなのだが、イメージは最高なんだが実際に使うとなると故障ばかりで多分走らないだろうと思う。内装はビスケットカラーのコノリーレザーにグリーンのパイピングで少しやれた感じが本物らしくオシャレである。ツイードのジャケットとコーデュロイのパンツを履いて登山靴にカシミアのニット帽にサングラスだと、見た目だけは立派な「山男」風になるだろう。荷台に薪かなんんか積んで、大きなサーモンを3枚に下ろして自分で薫製を作ってスモークサーモンかなんかでモルトウイスキーをバカラのグラスでチビッとやるなんてのが男らしくて素敵だが、残念ながらお酒は一滴も飲めないのである。「アーア、、」といつも思う。替わりにマダムがいつも我が家は飲んでいる。だからハウスもののイチゴをしかたがないので食べたりしているのだ。ウイスキーと言えば、サントリーが円安で原価が上がったから「山崎」というブランドを18%ぐらい値上げするらしい。随分大胆な値幅だなと思うが、酒が好きな人は上がってきっと飲むだろうなと思う。香りが素晴らしく良いので3メートルぐらい離れていても良い香りがするのだね。飲んべえはいいなあといつも思うのだ。上がるものもあるが、下がるものもあって原油が今月は安い。
1699 野村原油というETFが上場されている。昨日は759で年初来安値更新で、今日も720円で新安値だ。レンジは高値が1160円で今年の6/23だからちょうど半年で半値付近に叩かれたということになる。ファンドは大怪我をしている所が相当多いだろうと思う。タンカーこと買っているゴールドマンなんて総投げなんだろうなあ、、。668円が上場来安値(2011 10/05)だから指呼の間という感じだ。700円割れぐらいからぽつんとゆっくり少量づつ買い下がってみてもいいかなあと思う。6ヶ月の周期で結構規則的なレンジ相場になっていると思う。
今日も安いので、寝坊したので寄り後で6440を1枚売ってみた。身代わりの純空である。都合7枚純空で売っているが値洗いは毎日利がスルスル伸びているようだ。またコツンとは来ていない。クリスマスぐらいが目先、一旦コツンとくる日柄かなあと感じるのだが、そうするとボーナスで株を買った人はきっとみんな不安な気持ちでの年越しになるんだろうなあと思う。売っても買ってもうねりさえすれば相場師はお金が取れる。変化が無いのが困るだけだ。
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「社会構造を変えられるか?」ということを社会には縁遠い猫でもたまには考える。構造改革なんて言葉が新聞紙面に登場したのは遥か昔だったような気がするのだが、かなり時間がたっても目に見えて構造が改革されてみんなが幸福になったとするのなら何も問題は起きないだろうが、事実が大きく変ったにしてもみんな(みんな=多数派という意味で)が望んだほうに変ったのか?と言えばきっとそうでもないんだろう、むしろ逆方向になっているじゃないの?と感じることのほうが感情的には多いような気もなんとなくする。
民主党のテレビCMを見てブッ飛んだ。「夢は正社員になること」「ちゃんと子どもを産んで育てたい」「将来は結婚したい」というような3組の女性が出て来る。これがみんなのご希望の長年の構造改革の成果という事か?(笑)以前は女性は結婚する前は大抵が正社員だったし(腰掛けと陰口を言われたが)、会社で♂を見つけて結婚し、子育てをするのが大半だったような気がする。民主党の政策は「先祖帰り」願望ということだが、こんなCMで現代のワガママ肉食女子の支持票を取れるんだろうかと人ごとながら心配になる。(負けるだろうなあ、このセンスじゃさあ、、)マジでここは北朝鮮かと言いたくなるね。
 日本ばかりでなく先進国のこの20年の経済面での変化の主流とは、現象面で見ると「貧富の格差の拡大」および「需要不足」に尽きるかな?と思われる。別に僕が言っているわけではなく、実感としてそうだろうし、有名左派経済学者もそう言っているから「構造改革」は当初の理念の方向にはきっと動いていない。
政治主体として仮に民主主義が多数派の思い通りの政策を実現する政治形態であるとすれば、いくら美辞麗句を詠ってみてもみんなが本音で望んでいるようにしか現実は変らないということだろうし、その本音とは現実が接近していった「貧富の格差の拡大」および「需要不足」ということになるはずだ。貧乏になりたいという人は実際にはすごく稀だろうから、自分だけは富者になって拡大が起きたほうがよいし、需要不足とは貯蓄超過と同義なので「いくら使っても使い切れないぐらいのお金が入ってきて困ってしまう」という状態の富者になることを、きっと多くの人が本音で願望しているから、今のような政策が期待され、それが実現していくのだろうと僕は醒めた目で見ている。だから多数の希望した通りの現実をトレースしているのだろうから問題はないんじゃないのか?仮にあるとすれば構造はみんなの本音の望んだ方向に変わったが、個人はその波に乗って望んだ暮らしになったのか?という事であり、政治はそこまで無論面倒なんて見てはくれない。(多分、どんな政治形態に変ったとしてもだ。)
だから喫緊の個人の問題とは構造はともかくとして(長い時間が変化するにはかかるから)、「テメエの頭の上の蠅をなんとかせい」という欲求だろうし、その欲求をなんとかするのは主体たるテメエしか多分いないだろう。つまり政治と個人は別ものであるという現実があるだけだ。
ところがその主体を政治とか構造とかに置き換えて「文句ばかり言っていたから正社員をクビになって派遣で給料が下がった」という間抜けな事が多くの人に起きた事実じゃないのか?と思う。まるで落語のようにオモロイなと思うが、これが笑えない思い違いをする多数派の現実じゃねえのかしら?多数派の意見とは常にそんなもんだろうと思う。
 さて午前零時の開票状況では自民公明の圧勝で、民主は党首が選挙区で落選するぐらい人気が無かった。本来都心部は野党が結構強いはずなのにである。野党で伸びたのは共産だけだった。今の日本でコミュニストを待望する人が激増するとも僕には思えないが、批判票が共産に集まったということだろう。二桁確保は14年ぶりらしいから、14年ぶりに貧しい人が増えて「消費税廃止」に賛成したのだろうと思う。でもこれでは現実はきっと変らないだろうと思う。「大きな変化を誰も望んでいないのよ。」という僕のマダムはちゃんと現実を見ていた。僕は変化するのを夢見ている。こんな夫婦を同床異夢と言うんだろう.(笑)それにしてもダイヤランドの投票所は暇だった。管理事務所の人が10名以上いたのに、投票者はたったの2名、お昼の2時だった。棄権した人がきっと多かったのね。興味の無い選挙だったというのが事実だが、組織票があるところが勝つというのが現実だろう。アベノミクス信任という答えという結果だ。

これで3年後に10%に増税されると同時に軽減税率が食品などに適用が決まったということに事実上なるだろう。憲法改正と集団的自衛権も右に大きく舵を切ることになる。代議員制なんだからしかたがない。これを受けて長い時間軸では(あと4年ぐらいは)外資の長期資金(PFとかGFなど)は買って来ることになるんだろう。阿部ちゃんは北朝鮮とシンガポールを混ぜたような国にしたいという事なのだろう。あまり住み心地が良い国になるとは思えない。政治がやる事は経済だけではないだろうと思う。だから毎回共産党にしか僕は入れないことにしているが、選挙で勝てないならやはり暴力革命しか左派には道がない。先進国でもテロリズムが生まれる共通な土壌だろうと思う.
メルセデスに乗るコミュニストが生まれる余地は日本にはないのかな?北朝鮮と同じになるね。(爆)ああ、西武の堤さんは、ロールスに乗ったコミュニストだったと思います。
 

 少し早いクリスマス

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まだ少し早いかと思ったが、とりあえず空売り玉を11月の終わり頃から試しに建ててみた。安さんの言う「隙間風」というやつだ。ひよこさんのトラウマ直しには少しは参考になるかと思ったのだ。猫は♀にはとても優しいので過剰なサービスなんだが、「女子が活躍する時代」だそうだからがんばってリハビリして欲しいなと思う。
6675と5301で年初来高値を直近で取ったものの中から短期で買われているものにしてみた。別に何でも良いと言えば良いのだが、なんか純空の「売った感じ」の感触が利食いではなくて欲しかったという理由だ。個人の「感じ」には常に合理的な説明はつかないのだが、ayaさんが買ってもダメなら売ってみるかというお遊びをしようかなと書き込んだから、鯖鮨をつくりながら俺も1枚乗ってみるかというダケのことだ。踏み出しの玉は、そろそろと大人しく、、(笑)
利食い目的ではないし、まだ低位株の大きな上げ相場は始まったばがりだと本音で思うから、大抵こういう場合の売り玉は担がれて踏んで損切りとなることが今までも大半であったし(2004−5年当時)、今回も多分そうなるか、そうなって欲しい(屈折しているわけではない、試し玉はもともと損になる玉なのだから)のは、現物の買い玉が1000枚近くあるからだ。繋ぎ売りとも異なる、単純な純空である。
 6675は1月に160円の現物買い玉があって、ウンともスンともしばらく言わなかったのが何か材料が出たんだろう11月にストップ高した日の引けで売ったのだが、翌日もストップ高となって、結局3日で350円まであったのだが、8000万の発行に対して3倍の24000万も出来たから、いかに高速取引とデイトレが集中したとはいえ、やり過ぎの感じが強いので1−とポツンと売ってみたものだ。その後3枚は利食いで落ちたので、早かった利食いを再度粘るために安い所を承知でまた売ってみたが、売った当日は株不足で50銭の逆日歩がついたものだ。予定通り少し戻って担がれたので増玉をして4−0 と3分割の売り玉が建って一段落となった。戻りが鈍く、上を売れないので、替わりを見つけたのが5301だったというだけの事で、新値12本と取り合えず一旦は3ヶ月のうねりで戻り天井臭いのでこれも2分割で売ってみたものだ。
売った感じは、どちらも強くはないが底堅いなあという感じ。押目買いが安い所ではそれなりには入るが、買い上がるような感じも無い。特に6675は高値の痼り玉がてんこ盛りだから、ピークの1/30に減少した出来高で直ぐに上に抜けるなどまず経験的にはあり得ないので、売ったら長っパリでと放置しておけば良いと多分年越しの売り玉になるんだろうなあと感じている。
 過去1年ほどのいきなりストップ高で倍加した低位株のその後の動きは、大半がだれて半値押しで止まらずに、弱いと行って来いまで下値があるものが目立つので、相場の買い人気は、こと低位株に関しては総じて未だ弱いなあという感じである。それでも資金余剰は個人、法人ともに有り余るというほど強いのだから、一旦流れが小型に傾けば、それなりの株らしい動きのうねりが出て来て良い時間になってきても不思議はないと思う。
6675
1/7     161  −2
11/18   202  2−
11/21   316  1−
        297  2−
11/26   297  −1
  /26   279  −2
  /27   275  2−
  /28   282  1−
12/5    308  1−

5301
12/10   368  1−
  /11   353  1−

とまあ現在こんな感じの譜になっている。ひよこさんとシホさん用に、猫のパンツの中身の大公開ということで、「こんな爺のノロい売りもあるんだよ。」と参考譜を作ってみたのだ。買いの譜は5202で連続譜があるのだから、両方をペアで見比べると、同じ時間軸で売りと買いが同時に建つ様がわかるだろう。安全策なら現物の買い繋ぎの玉を建てれば良いだけのことで、それがシホさんの譜である。僕がそれをあえてしない理由は書くまでもないだろう。ヒリヒリが欲しいのね。
ピアニストは右手、左手が別のメロディーとリズムで動くのだから、相場師だって同じことだろうと思うのだ。
昨晩のNYを見ると大きく売られたから、東京も選挙開けは連れて売られるという事に恐らくなるんだろうかと思う。少し試しの売り玉があるということは、どこで止まるか?という感じを受け止めやすいから強気の維持には実に便利である。6枚売って50円取れたとしてもたったの30万だからどうでも良い事なのだが、利食いのポイントは新規の増玉のポイントと重なることが大半なのは言うまでもない事だ。波にこちらの体重のバランスを合わせて行くという事をしていると建ても落ちも少しシャープになる。値ではなく建てと落ちの日柄の特徴がポイントだ。神経質に逆張りだけを別に狙うという事でもないし、なんとなく「ポツン、ポツン」と行くというのが昨今の癖となったのは、買い方の癖が売りにも影響しはじめたか?と自分でなんとなく自然に変ってくるのがオカシイ。
やりすぎると忙しくなるから僕はほどほどで止めるが、低位株の下値は岩盤くさいので少し感じが欲しいなら大きく戻したものを触ってみれば感じの強弱を確認するのには良いのだろう。
練習生の中でも力量は天地ほども異なるから、真似などしろとは2分割もロクに出来ない人には無論言えないが、基礎の2分割を100回ぐらい同じ銘柄で練習していくとどんな馬鹿でも数年すれば連続譜に変化してそのうち10枚ぐらいの練習に結びついて行く。まあそうすると立花さんや板垣さんの書いている事の意味が少しは納得できるようになると思う。そこまで行く人が本当に少ないのである。まあいて1%という所かな。同じ事を繰り返し続ける辛抱が足りないのである。(まあアホということね。)
毎回クドイが、基礎の2枚の反復練習をしているとちゃんと「試し玉」が使えるようになる人が生まれるということになる。片張りの相場師はそれが生き残りの肝であるのは言うまでもない。肝が作れないで残るはずがないことに気がつく手前で死んでしまう。
死んだ人も生きてる人も少し早いが メリークリスマス!

娑婆っけというもの友だちが閲覧できる

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wti原油が一時60ドルを割った。半年でおよそ半値に暴落している。主要商品の価格変動がこんなに大きなことはあまり例がないだろう。ということは怪我をしている人がたくさんいるという事なんだろう。プーチンと石油メジャーとサウジと黒田は不思議な利益共同関係にあると言って良いだろうが、政治的に大きな権力を持ったようなマーケットの仕手が「思い通りにならない」というところが相場ものの面白い所なんだろうと思う。ミサイルで民間機を撃墜することは出来ても、油の値段が下がるのを止めることは出来なかったということで「国民に耐える必要が有る」という間抜けな声明を出していた。バズーカ2で強引にマーケットから直接資産を強引に買い上げる黒田だが、原油が予想外に下がってまたヤバイということになれば来年にもまたバズーカ3をきっとやるんだろうと思う。どんなに頭の良い人でも半年先のことさえ誰も予想は出来ないというのが世界の動きだという事なんだろう。複雑系の妙と言える。
 昨今の日本の貿易収支が赤字になった主因が原油の輸入の増大なのは明白で、原発停止による原油や天然ガスの輸入量の増大が主因だから、その価格が下がれば当然単位エネルギー生産コストは劇的に下がり、販売量が同じなら利潤は上がる。日本でエネルギーを使用しない企業も個人もいないのだからコストが下がった分だけ利益が増えて、それがやがて新たな購買力に結びつくのは明白だ。省エネをせっせとやっているから更にコストは下がるのだろう。だから半年先の日本経済がたぶん良い方向に変わると思えば、誰でもその流れに乗るということが起きるのが自然だし、それは株式の価格にまた劇的な変化を生むという合理的な説明に結びつく。一番コストが下がって得をするのは誰か?ということだが、今までたくさんエネルギーを使っていた人ということで、それは例えばプリウスのユーザーではなく5.5リッターのメルセデスやベントレーのユーザーだろうが、元々その人たちは油の値段なんて冗談みたいな物だから本来どうでも良いんだろうと思う。事実、いくら毎月支払ったのか記憶にないのだから。彼らは多分そんな小さなメリットよりもその数千倍のメリットを享受するために多分何かをしているからこそベントレーに乗っているのだと思う。例えば、エネルギー多消費型の企業の株式を安いうちに大量に取得して眠らせておく。5202を100円ぐらいで大量に買って、例えば10万株買うと1000万だが(大量でもないか?)3年ぐらい放置して500円で売る。すると1000万のお金が5000万になる。いくら大きな車に乗っても4000万もガソリン代はかからない。大きな車でも10万円で4000キロは走る。(ハイオク160円で1L6キロ走行として)1000万で400000キロだからすごく乗る人でもせいぜいガソリン代は250万という所だろう。だから4000マイナス250で3750万がお得になるというわけだ。いくら400万のプリウスでガソリン代をケチってみても3750万を越えることは「永遠に無い」のだから、無駄な事をしても意味が無いというアッケラカンという態度でベントレーやメルセデスに乗るのである。サラリーマンが商売人でないのは、利益や損失の主体たりえないという部分である。それはリスク回避が出来ると同時に利益主体たりえないという同時二律背反に起因するのだから、選択の好みの問題であるが、実際上は現在の日本の勤労者の98%が会社員である以上、なったが最後その背反の規範の内側で生きる他無い。
ノマドロジーとはその規範の外側で、外部として生きるという選択である。「安心、安全」なんて有りっこ無い世界だから、甘い夢を見ると即座に殺される世界である。
 相場はサラリーマンでも利益主体になり得る合法市場だから、次から次と新規に参入する人が絶えないが、勝ち残るのはいつも同じような顔ぶれだと思う。それは市場のルールが「安心、安全」とは無縁の世界だからである。殺るか殺されるかというジャングルだ。だから娑婆っ気を抜けないとあっという間に裸にされる。裸で済めばマシなほうで、脚が出るのが普通なのだ。何十年もリーマン世界にいると、どうやって娑婆っ気を抜いて良いのかきっとわからなくなるんだろうと思う。だから勤め人で相場の上手い人は、少し変ったと言われる人ばかりだろう、ハルトモさんとかベトナムさんとか。(たびたび例に出してスンマせん)多分、本人たちは自覚がない事だろうが、周囲からは何故か「浮く」のである。でもこの「浮く」という状態は、外部と呼吸が出来ている証拠で「風通し」が良いことこの上ないのだ。檻の外はヤバイ世界だから、大蛇や猛獣がうようよしている。娑婆っけが抜けないとあっという間に喰われてしまうのだ。だから娑婆っけを抜くための特別なおまじないを先達に習って僕は実行したのである。グラフと場帳を死ぬほど書く、書く、書く。まあ坊主が写経をするのと同じ。
 修行というものは、それを始める時に自分が何をしているのか、何か出来るようになるのかを決して知らないしわからないことを手に入れようとする確信によって起動するものである。「合理的な説明」というヤワな娑婆っけの世界で説明しきれないもの、それこそがノマドライフの本質である。

孤独の効用

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自分のことが担いきれない。そういう不完全な存在という意味では、だれもが傷や病や障害を普通のこととして抱え込んでいる。そのかぎりでは、勤労者や専業主婦の支援も、老人介護や障害者介護や育児も、基本的には同じ視点にたつべきだと思う。そういう視点から法や社会制度のあり方を見直す必要があると思う。
 「世話になるばかり、迷惑をかけるばかりで、ひとに何もしてあげられないこんなわたしでも、まだここにいていいのだろうか」、、、。そんな哀しい問いが老いとともに頚をもたげるようになる。理由ははっきりしている。わたしたちの社会がとことん「する」の論理で成り立っているからである。
 ひとの存在価値を業績で測る、何をするにも能力と資格を問題にする、何をするにも効率と成績を問題にする、、、。子ども時代から定年を迎えるまで、ずっとそのチェックが入る。わたしたちはたえず資格を問われる社会に生きているのであって、飼育、製造、調理、流通、販売の複雑なシステムのもとで、日々それにふさわしい行動の能力が求められる。警察官、消防士、教師、医師、看護士、カウンセラーまで、何になるにも、試験がなされ、資格が問われる。何をするにも資格と能力を問われる社会というのは、「これができたら」という条件付きで人が認められる社会である。裏返して言うと、条件を満たしていなかったら不要の烙印が押される社会である。そのなかで、ひとはいつも自分の存在が条件付きでしか肯定されないという思いをつのらせてゆく。自分が「いる」に値するものであるかどうかを、ほとんどポジティブな答えがないままに、恒常的に自分に向けるようになる。会社で、学校で、そして家庭のなかでも。「自分にしかないものは何か?」という問い、あるいは「自分探し」とか「自己実現」という強迫観念に責め苛まれ、その答えが見いだせなかったらーーーーそう、たいていのひとはそれを見いだすことができないーーー、こんどは「わたし、ここにいていいの?」というひりひりした問いにさらされることになる。自己の「死」にそれと意識しないまま触れつづける、と言ってもおおげさではない。
 条件付きで自分が認められない社会のなかで、自分が生きつづけられるか、ひとはいつもその不安に苛まれる。その不安を鎮めるために、条件をつけないで自分の存在を肯定してくれるような人を求める。自分をこのまま認めてくれるひと、自分の存在を条件付きではなく肯定してくれる人を求めるようになるのである。このままのこの自分に関心をもってほしい、自分をずっと見守っていてほしい、というわけだ。このように他人に自分の存在理由を与えてもらおうとしているうちに、他人が見ていてくれないと何もできないようになる。
 が、たがいが存在をそっくりと肯定しあうような関係は重すぎる。裏返して言えばそれは、他人にこの自分の存在をそっくり肯定してほしいという、深い相互依存の関係でもあるからだ。そのひとがいないと生きてゆけないという、逆の危機にひとを誘い入れるからだ。
 いまわたしたちに本当に必要なのは、そういうねっとり密着した関係ではなく、距離を置いてたがいに肯定しあう、そういう差異を前提とした関係なのだろう。「わたし」という個は、自己自身との関係のなかでではなく、「わたしたち」の共同的な組織のなかで編まれつつ、いわばその特異な点としてかたちづくられる。他者たちによる承認はそこで大きな役割を果たすが、受け身でそれを待っていては、相も変わらず依存の中にしかいられない。

               臨床哲学講座 鷲田清一より転載

長々と転載したが、鷲田はよい学者であるといつも思う。内田樹さんの先輩で関西の英知の代表だろうと思う。組織とか学校とか家族とか避けられない僕たちが生きて行く環境の中にあって、それを自分で好きなように選択できる人は実際には多くはいないのだろう。必ず制約があるのは誰もが同じだろうが、逃げ場がないと人は窒息すると経験から思うのだ。お山のノマドライフがかなり贅沢なのは、そういう鷲田の書くような都会の関係性を一切無視して勝手気ままな事をしても誰にも迷惑がかかりにくいというメリットがある。(と言ってもマダムは否定するんだろうが。)だから養老先生が「参勤交代」をしろというような一見暴論を吐くのも当然だろうと思う。それぐらい都会の生活や組織の生活は息苦しくやるせない。敏感な人ほど病気になりやすいのだろうと思う。KYという言葉はそんな状態を表象している流行語だったと思う。競争することが前提となった社会で、毎日たくさんの嫌な奴らとツラを会わせていればノイローゼになるのは当然だろう。ストレス社会を自分たちで作っているのだから世話はない。
 そんな不快な環境に未練はないから、猫はさっさと棄ててしまったが3年以上お山に住んでみても、別段元に戻りたいとは一向に感じない。不便もあるのだろうが、感じない鈍感さを手に入れたという事だろう。美人のネーチャンがいなくても、素敵なレストランが無くても、ダサイ服しか売っていなくても、猫が死ぬようなことには一向にならないことがよくわかったということだ。向上心などカケラも無いし(元々都会でも無かったが)、立派なソフトヤンキー爺になれたようでもある。(笑)でもイオンは嫌いだなダサイしさ。

 田舎にいると、まず人が少ない。リゾートマンション暮らしなんてそれこそ1週間で会う人など、こちらから出かけて行くか、働きかけない限りひとりもいないのだから、にぎやかな事が好きな人は孤独で気が狂うだろうと思う。反面、猫のような他人なんて最初から視野にないようなタイプにとっては天国である。暮らしはシンプルで、朝起きて、風呂に入って、飯を食って、昼寝をして、また風呂に入って、少し場帳を書いて、また飯を作って食って、また風呂に入って、本を読んで寝るだけだ。他には何も無い。週に1、2回街に車で降りるだけだ。実際に冬眠前の熊のような暮らしだな。餌を買いにいくだけだ。金はその時に使うが無くなれば熊と同じで強奪するだろう。毎日同じことの繰り返しだ。365日同じ。飽きるも何も無い。他の選択枝が無いのだから嫌なら死ぬ以外に方法が無い。(笑)誰もいない(猫以外は)。電話も1日1本の生存確認コールがマダムからあるだけだ。金なんて有っても無くても同じで、なぜなら金を使う場所も対象もない。だから相場も本当は意味が無いし、甲斐が無い。でも僕の生活習慣の中で、唯一社会との接点が相場なのだからやらないと人で無くなるのでやるのだろうと思う。やって勝てば納税できる。少しだけ社会の役にたつし。あまり金がもう欲しいとも思わなくなっている。だって使い切れないし、使う当てもないからだ。それでもやるからには取るのは当然だ。僕は負けない利口な猫なんだ。もう技能は本能に変ったか?
 一人暮らしは何か一つのことをじっくりと時間をかけてやるのには好都合であると思う。邪魔が入らないから集中できるし、自分の好きなスタンスとかペースで実行できるから、はかどること間違いなし。人生で孤独な時間をまとめて取るには元気なうちでないとマズいなと思う。身体が不便になってからの田舎暮らしは苦痛だ。昔は山に棄てられたのだ、食い扶持を減らすために、、。
人がいなければ、僕たちは自分と人を比較するような視線の位置をいつの間にか放棄してしまう。比べて何かかが変るはずもないのだし、変ったところでそれがどうしたというのだ、くだらない。現代の市場経済は、すべてを金を使って交換することで成立しているが、交換をあまりしなくなれば金の用途は減って、金の需要も減る。でも別段困る事も無い。田舎で人一人がなんとか生きていくのに大金など必要ないから、働く必要も無いしなんとかなるという意味で、日本は島国のせいか緩くて温いという良い部分だってあるのだろうと思う。刺激もないし、喜びも多く無いし、興奮も無い。それは都市のような人間の頭が考えて作った環境部分が少ないし、人が少ないから競争も激しくないからだろう。争うほどの成果も最初からないから馬鹿らしいという気になるのだろう。実に平和に出来ている。きっとあと50年もすると誰もいなくなって田舎は廃村と廃墟になるだろうが、良いじゃないか「国破れて山河あり」となる。そしてあと数千年か数万年したら、また新しい人種が出て来て同じ事でも繰り返すかもしれない。
日本が小さくなって、人が半分か1/3になって、社会の基本が変る。なんとかなるものだろうと思う。そうやって2000年ぐらいが過ぎたのだ。だから次の2000年だってきっとなんとかなるだろうし、誰ももういなくなるから心配には及ばない。なんとかするものだ。

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