「10年後の自分はどうなっているだろう?」というか自分はまだ元気に生きているのだろうか?いくら考えても想像してもきっと当たらないからあまりその種のことは普段からマジには考えないようにしている。考えても当たらんものは時間の無駄だ。だが「これは是非ともしたい」という事はすぐにするよう努力する。ってかしないといつ死んでできなくなるかもしれない。運が悪い人だとポテトサラダを買って食べても死んでいるのね。だからやりたいことを後回しにするのは怠慢である。50歳を過ぎたら人はいつぽっくり死んでも不思議はないと思うからだ。年を取れば欲望があればその強さに応じて早めに実現させるのが良いだろう。だから腹が減ってデブになるのはわかっているが毎日ごちそうを作って食べるのが現在僕の一番大事な事である。だから今夜は気分が特製チャーハンである。3時間かけて作った自家製のチャーシューとタケノコ、しめじ、コーンの入った豪華版。(と言っても手間と暇がかかっているだけで原価はきっと500円もしないだろう。ごはん2膳、卵、コーン50グラム、焼豚60グラム、シメジ、葱。)
やりたい事というのがこのところ実に少なくなってきているので「この条件ならしてもいいか」というぐらいの低い願望がまだいくつかあると生きている意味が少しはあるようにも思う。昨年5.3万キロで買って6.5万になったAUDI A6だが10万ぐらい乗ったら(あと3−4年?) ベントレーフライングスパーW12かコンチネンタルGTCカブリオの右ハンドルを買うかなとも思う。中古で十分で程度の良いのを500−600で拾うつもり。整備に100か200かけて(タイアとブレーキとサス)元気ならガンガン20万ぐらいまで乗りたいねえ。5300ミリだからパレットに入らない。2.5トンだから別途パーキングを容易する必要ありね。だからついでに家も買い替えるかなあとも思う。買値以上で引き合いが結構あるのだね。リッター3−4キロしか走らんから中古を買うようなセカンド需用が無い日本では特別にこのクラスは割安である。新車の2掛けぐらいで良いのがあるのは日本だけだ。これは法人税制と償却の歪みが特出して出やすいのがこれなのね。そういうのを個人で理解しているユーザーは実に少ないですよ。お得が好きなくせにお得でないエコカーなんて乗ってどうするんだろうと常に不思議に思うね。
子供が成人するまでは、育てるのは親の義務だから、13年前49歳まではなんとか死なないで子供を食わせることを最低限しようと思った。金だけなら49歳以前に仮に死んでも子供は成人して一人で生活するぐらいまではなんとかなると思っていたが、家族にとれば別段金だけが必要なわけでもないのだから50までは生きて、出来たら61まで生きて、自分の父親の寿命までは生きれば合格と考えていたのが20年くらい前の自分だった。(43歳の時) 無事に50になって、子供が成人してそれからさらに十年過ぎて無事に還暦になって、子供は両方とも結婚して孫が4人も生まれたが無論そうなることは想定外で、ましてや熱海に住むとか温泉三昧するとか毎日料理だけは自分で作るとか、以前なら想像もつかない生活を現在している。
つまり全部その時点では自分が良いと思って決めていることでも10年も連続していると当初の生活とは似ても似つかない暮らしの変化が生まれたという事実である。それでもなんとか元気で生きている事が素晴らしい!十年どころか3年後だってちっとも僕にはわからないのねえ。ノマドピープルは本来的にそういうものだと思うね。何が起きてもなんだかんだと文句をいいつつ乗り越えていくのがノマドライフだと思うなあ。
例外的になんとかかろうじて当時から想像できたのは、元気だったらきっと大きなドイツ車とかイギリス車に乗っているだろう、本をたくさん読んでいるだろうという趣味的な2点はその通りになっている。ガッてなけりゃ、相場もやっているかな?と思っていたがそれもその通りにはなっている。マジにやっているというほど現在は建てが大きくはないものの、チャンスならいつでも大きく出動準備は出来ているが、その必要性が既にないから真面目にやっているのは道具をちゃんとしているぐらいだ。このまま明日でも心筋梗塞でポックリ死んでも良いかねとも思う。そしたら全玉成り行きでワイフが処分して相続税を払ってチャンチャンと終わるだろう。無事これ名馬なりというがその様になるなあ、、(笑)
十年前と比較して、衣食住の生活面はすごく変わったと思う。2011年に大震災が起きて、僕と家族の暮らしはすべてが大きく変わった。当時も子育てが終わって僕と妻の二人暮らしを都内の億ションを借りてしていたが、いきなり大家が物件を取り壊すという話しになって、それなら田舎に行くという事にして、静岡県田方郡函南町のダイアランドという三菱が戦後開発した別荘地の巨大マンションの一室を中古で買った。
96平米850万!都内と1桁違うので大丈夫か?とも思ったがバブル経済の時の熊谷組が傾くことになった不良債権の筆頭物件で当初の13000万の売り出しを5年後に2700万でバルクで投げたイワクツキの物だったが、住んでみればそれなりに天国で、静か、広い、明るいただし駅から遠くて不便で湿っぽいということで4年住んで熱海に引っ越した。翌年売りに出して750万で売れたから100万で4年ほど住んだから消却家賃は1年で25万ほど(改装費は別)。固定資産税とぼぼ同額である。つまりタダ同然だ。都内の家賃は月に50万以上は払っていたので嘘のように田舎暮らしは住居費が安いねと思う。つまり高い所得を全く必要としない緩い生活なのである。これはやった人にしか理解できないだろうと思う。駐車場じゃ屋根付きがタダであるから2台停めていた。中野なら年間駐車場代だけで72万かかる。都内で車が減っているのは維持費が高いからだろう。ところが田舎では土地が安いので(1/10以下)ずっとぼんやりしていてもなんとか死なないで生きて行けるという凄い場所が静岡県なのである。それに多くの人が気づいていない。(爆)
それでも僕の売った96平米より更に広い125平米が現在980万で売りに出ている。これを叩けば900万以下になると思うから(だってもう売り主の大阪の老人は80歳で3年売れていないから痺れをきらして投げるだろうと思う)、今後もますます田舎の不便な不動産は値がつかないことになるだろう。田舎暮らしがしたい人は運転が可能で健康なら誰でもお金がなくても出来ると思うね。
土地が安いと付随するいろいろな事が大体安いのね。家が安い、車関連が安い(ただしガソリンは高い)、人件費が安い、医療費が安い、肉、野菜、魚が安い。ところが人口が少ないと総需要が少ないから(都内の1/100ぐらい)欲しい物はなかなか売ってないのでネットで探すのが合理的だ。何でも数日で送ってくるのは実に便利で重い物は全部ネットで買う。猫砂(1袋5キロを4つ単位)水、かさばるトイレットペーパーやテッシュは生協とロハコ、ワインはコストコ、猫缶はネット(月に100缶)。十年前とま全く違うと思う。
支払いは9割がカードと引き落とし。現金が必要な場面があまり無いのが特徴だ。コンビニでもポインですんでしまう。nanacoが3万ポイントもあれば現金はいらない。
衣服もネットとセールとアウトレットで済むので実際に見にいくのはシーズンで2−3回、本屋に行くついでに冷やかしに見る。孫の服を買うぐらいが以前と比べて頻度が上がった。
こういう安くて便利でお得な田舎暮らしを支えているのがネットという新しいインフラである。携帯電話とMacBookエアーとシャープの52型液晶で全てが成り立つ。モノと記号の交換がこれを通じて成立する。だからネットが繋がらないと熱海は無人島と同じことになる。なんだか知らんが今年はガソリンを1年分(相手が言うには6万円で1年だと、、僕は1年間で40万は必要だが、、)くれた。ヤフーって太っ腹だね。