>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用
日記
-
詳細
天皇が交代して元号が変わった。新しい時代の速度はスピードアップしたようにも感じる。社会では様々な悲惨な事件や不可解な事件が連日起きているし、それでも参院選では大きな変化は起きていないようにも見える。山本太郎氏が98万票を取ったという記録が唯一の変化なのか?若い人が入れたらのなら良いねえと思う。
新しい時代は、新しい人々が作っていくのが正しい歴史だろう。老人は隅のほうで静かにゆっくり人様のお邪魔にならないように楽しく暮らしていけば良い。
日曜日は家族大集合で、東京から子供と孫が全員熱海に来た。義母が骨折して3ヶ月入院していたのが、晴れて退院したので快気祝いを伊豆山の料理屋を借り切って美味しい料理を頂いた。総勢12名、なかなかの賑やかさだ。70歳ぐらいの大将が手の込んだ素晴らしい和食を作ってくれる。みんな大喜びでおなかが一杯になるまで食べた。孫の椿がフラダンスショーを踊り出して活況だった。どこからこんな才能が生まれたのだろう?家族というのは不思議な掛け合わせだなあとつくづく思う。
男女の子供がいると、それぞれが結婚すると、嫁と婿が新しい家族になる。そして子供が出来ると、その祖父母がそれぞれ喜ぶ。あっという間に家族が拡大していく。人口がそうやって拡大してきたのが、昭和の日本だった。それが2006年から人口減少が始まった。結婚しない人、子供を生まない女子が急増して、そのうち出生数を死亡数が上回ると人口は減り始める。毎年これから30万から100万ずっと数十年減って行く。2120年の中位推計だと人口は6300万になる。つまり半減することになる。
となりに13億人の中国がある。日本は6500万、アメリカは安保を破棄してアジアから撤退しているだろう。日本はどうやってアジアで生きて行くのか?100年後は僕は生きていないが、まだ生まれていない曾孫はなんとか生きているかもしれない。チベットのように中国に植民地として併合されているかもしれない。
誰も知らない人が仕事をしている場所でガソリンを撒いて火をつけて30人を殺す人の心理ってなんだろう?通勤の時に、他人に傘で目をついて失明させる男の心理ってなんだろう?日本人が狂ってきたのは原発のせいか?それとも貧窮化のせいか?自分の子供を殺した事務次官もいた。
ジュリアン バーンズ『終わりの感覚』というブッカー賞受賞作を読んでいる。素晴らしい小説だ。昔の恋人、ベロニカとの記憶。人生で初めてSEXした気の強い女の記憶を引退した65歳の頭が薄くなって男が静かに書いて行く。自殺した親友、ベロニカの次の恋人だった。
生きることとは過去を思い出すことなのかもしれない。年齢を重ねるほど過ぎ去った時がよみがえる。とりわけ多感な青春時代が。決して懐かしいのではない、長く忘れていた、いわば「音信不通」だった過去はあくまで苦く重い。リタイアした六十代なかばの主人公が青春時代を思い出していく。はじめての恋人。若くして自殺した頭のいい友人。そして隠された謎が明らかになっていく。思い出すとは悔恨に向き合うことなのだろう。
|
>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用
日本の議会政治の質の低下は目に余るものがある。
市民的に未成熟な議員たちは失言愚行を繰り返し、国論を二分するような重要法案は審議を通じて深められることなく強行採決に付されてしまう。立法府は機能不全に陥っている。 けれども、これを「国会の空洞化」と切って捨てて、そこから「投票など無駄だ」という虚無的な結論に至ることは、進んで民主主義の衰退に手を貸すことになる。 民主制は、政策決定に集団の全員が関与し、その成否について全員が「わがこととして」責任を引き受けるという覚悟なしには成立しない。 自分がその決定に関与していない法律や制度については、それがどれほどみじめな破綻をきたしても、私たちは「ほらみたことか」とせせら笑う権利がある。その破綻がもたらす被害がわれわれ自身に実害をもたらす場合でさえ、人間は自分がその決定にかかわっていない政策の失敗については「ひとごと」のような顔をすることができる。 政治的無関心のもたらす最大の害悪は、「第三者づらができること」である。
決定に関与していないというのは、その失敗について責任がないということである。そして、その失敗について責任がないということは、失敗から立ち直るための努力についても責任がないということである。 他人が勝手に始めた事業で、勝手に失敗して、勝手に国益を損なったことについて、どうしてオレが汗を流してその欠損を補填しなければならないのか? 「あいつら」のせいで、この国がどんなことになろうと「オレの知ったことじゃない」。もし日本が独裁制になったり、保険や年金制度が破綻したり、戦争に巻き込まれそうになったら、「オレは日本を出てゆくよ」。そういうふうに考え、そう広言する人間の比率がある閾値を超えたところで、民主制は終わり、国も終わる。 民主制というのは、「自分の運命と国の運命のあいだには相関がある」という幻想抜きには成立しない。国が「まっとうな国」でないと、自分も「まっとうな市民生活」を送ることができないという(あまり論理的ではない)思い込みが民主制を支えている。「国は国、オレはオレ」という考えをする人間が一定数を超えたら、民主制は持たない。 私が日本の民主制は危機的だと考えるのは、そのことである。 私たちが自分たちの代表を送る先である「国権の最高機関」が空洞化している。 それは意図的に行われていることである。私たちはニュースを通じて、「国会が機能していない」ということを繰り返しアナウンスされている。委員会では怒号と冷笑が飛び交い、「熟議」というのは審議時間稼ぎのことであり、どれほど野党が反対し、国民の支持がない法案でも、最後は強行採決される。だとすれば国会の審議というのは、「民主制のアリバイ作り」に過ぎないのではないか。 国会の不調について報道されればされるほど市民の立法府への敬意は傷つけられる。 でも、それはまさに政権が目指していることなのである。 国会が何日も開かれず、総理大臣が海外に出て委員会を欠席し、立法府が機能していなくても「日々の生活はとりわけ問題なく機能している」というふうに人々が考えるようになれば、そこから導かれる結論は「だったら、国会なんか要らないじゃないか」というものである。 そして、いまの政権が目指しているのは、まさに「国会なんか要らないじゃないか」という印象を有権者たちに刷り込むことなのである。 そうすれば投票率は下がる。国民が国会に対する関心を失えば失うほど、集票組織をもつ与党が低投票率では「常勝」することになる。だから、政府与党の関心は「どうやって投票率を下げるか」に焦点化することになる。 今回自民党は「改憲」を選挙の争点にしたが、それは別に憲法条項のどこをどう変えるかについて明示的な主張を掲げて、国民に信を問うということではない。そうではなくて、「日本がこんな状態になったのは、全部憲法のせいだ。憲法さえ変えればすべてはうまくゆく」という「ストーリー」を国民に刷り込み、それによって自らの政治責任を免れようとしているということである。 だが、こんな「ストーリー」は一般の有権者には何の緊急性もないし、特段のリアリティーもない。現在日本が直面している外交内政の主要問題とも改憲はほとんど関係がない。だから、「すべては憲法のせいだ/そんなはずないじゃないか論争」というものが仮に主要な争点になれば、与党支持層以外の有権者の投票意欲は有意に下がるだろう。たぶんそういう算盤を弾いて自民党は「争点選び」をしたことだろう。 もし選挙を「自分の政治的意見を100%代表してくれる人」を国会に送り込むことだと思っているなら、その人は棄権を選ぶしかないだろう。そして、棄権することはニュートラルな解ではない。それは民主制の崩壊に同意の一票を投じることである。「国会なんか要らない」という人々の群れに加わることである。 投票するということは、ある候補者やある政党に対する支持を明らかにするという以上に、国権の最高機関の威信に対して一票を投じるということでもある。 選挙に際しては何よりもそのことを思い出して欲しい。民主主義に一票を。 (2019-07-05 07:33)
自分がその決定に関与していない法律や制度については、それがどれほどみじめな破綻をきたしても、私たちは「ほらみたことか」とせせら笑う権利がある。その破綻がもたらす被害がわれわれ自身に実害をもたらす場合でさえ、人間は自分がその決定にかかわっていない政策の失敗については「ひとごと」のような顔をすることができる。
政治的無関心のもたらす最大の害悪は、「第三者づらができること」である。
決定に関与していないというのは、その失敗について責任がないということである。そして、その失敗について責任がないということは、失敗から立ち直るための努力についても責任がないということである。
他人が勝手に始めた事業で、勝手に失敗して、勝手に国益を損なったことについて、どうしてオレが汗を流してその欠損を補填しなければならないのか? 「あいつら」のせいで、この国がどんなことになろうと「オレの知ったことじゃない」。もし日本が独裁制になったり、保険や年金制度が破綻したり、戦争に巻き込まれそうになったら、「オレは日本を出てゆくよ」。そういうふうに考え、そう広言する人間の比率がある閾値を超えたところで、民主制は終わり、国も終わる。
民主制というのは、「自分の運命と国の運命のあいだには相関がある」という幻想抜きには成立しない。国が「まっとうな国」でないと、自分も「まっとうな市民生活」を送ることができないという(あまり論理的ではない)思い込みが民主制を支えている。「国は国、オレはオレ」という考えをする人間が一定数を超えたら、民主制は持たない。
===========================
選挙権を持ってから、地方選挙には行ったことが一度も無い。郷土とか自分の土地という概念が無い僕は、どこに住んでいても自分の居場所の政治には無関心で時間を取るのが煩わしい。どうでも良いので住みにくいなら引っ越ししてしまう。悪い環境なら捨てて移動するのが一番良いし、政治に期待しても期待したようには変化しない。
一方で、国政はすべて投票してきた。しかも与党に投票したことは一度も無い。自民が与党の時は民主か共産に、民主が与党の時は共産に入れた。今回は新撰組にしてみた。
体制を否定することしか変化は起きないのだから、死票になるのは当然である。だから内田さんの言う幻想が実現することはほとんどあり得ない。が、それでも現実は進んでいく。
世界で一番馬鹿で嘘つきな安倍晋三という政治家が首相を長くやるような国で、その国家が発展することは万が一にも起き得ない。元首は選挙民のまさに鏡なのだから、国民の程度が安倍晋三と同様、馬鹿で嘘つきであるということと同義である、そう外国人は感じるだろうと思う。少なくとも僕が外国人ならそう感じる。
BUY MY ABENOMIX! 国連総会で安倍晋三はかつてそう演説した。昨年の外国人の売り越しは過去最大、安倍が政権を取る以前の最低の比率まで下落した。安倍が SELL MY ABENOMIX. と言わないでも外国人はみんな売ってしまった。
国内の金融法人の現時点のポジションは ロングショート戦略では、米国株ロング、日本株ショートが大半であり、それは利益に現時点ではなっている。
>他人が勝手に始めた事業で、勝手に失敗して、勝手に国益を損なったことについて、どうしてオレが汗を流してその欠損を補填しなければならないのか?
補填するには金がいる。つまり消費税である。無論、僕は8%でも10%でも支払うが、そのお金はショートした利食いから支払うことになるだろう。安倍晋三の政策の失敗が大きな株価の下落を引き起こしているのだから、売れば儲かるのである。
SELL MY ABENOMIX.
そう国会で安倍は言うだろうか?
|
>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用
|
>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用
|
>
- Yahoo!サービス
>
- Yahoo!ブログ
>
- 練習用
<HIS>初夢フェア開催中
www.his-j.com
関東発/ソウル3日間9,800円〜など海外旅行が超お得♪≪大好評予約受付中≫
宮崎市のメルセデス・ベンツ新車
m006.m-yanase.jp
当店一押しの車種情報はこちらメルセデス・ベンツ宮崎 本社
大田区のリノベーションなら!
rinobeya.info
リノベヤ東京で賢く、理想の住まい作り!物件探しからリノベーションまでご対応
清水にあるお店
lcs-izakaya.com
隠れ里の懐石料理 わらしべの詳細清水の個室がある店情報なら
メタバリアEX500円お試し!
diet-seikouguide.com
メタバリアEXが今なら初回限定500円で試せる♪ご注文はこちら→
かこみ庵 宮崎橘通西店
bebloom.co.jp
宮崎で人気グルメ情報をお探しなら
カラオケ情報
big-echo.jp
ビッグエコープライム恵比寿2号の詳細恵比寿にあるお店なら