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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

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1306近景  短期で値幅調整完了で再騰開始かな?

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眼下の伊豆山も紅葉真っ盛り

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冬の海も実に悲しげで美しい

  僕のブログの閲覧者の年齢別構成比というのを見ると、自己申告なのだろうが大体60代以上から40代までが十歳刻みで20−25%ぐらいで拮抗している。あと30代が15%20代が5%ぐらいという感じ。さすがに10代は2%もいないから、10代で相場をする人間はめったにいないということだし、しかも10代で変態の相場師のサイトなんて見るのは稀中の稀だろうと思う。僕は17歳で親父の口座で日軽金を82円で買ったのが相場デビューだった。122円で二枚利食えて狂喜乱舞した覚えがある。ビギナーズラックなのだが、最初が良いとスルスルとその世界にはまり込む。
 それでも二年ぐらい前、現役女子高3年生の人が、長期のグラフを書きたいので資料を見せてくれというので、東証一部の1959年ぐらいから1990年までの資料をお貸しした事がある。こういう若い時にきちんと基礎から準備した人はきっとすぐにすくすくと育って凄腕の女相場師になるんだろうと思う。猫塾では300名以上の人に基礎の逆張りからのリズム取り、うねり取りを教えたことがあるのだが、覚えは女子のほうがむしろ良かったほどで、きっとあと20年ぐらいしたら経済力をつけた女子が男子を顎で使うという日常が当たり前になるんだろうかと思う。事実、僕の子供の世代では、夫よりも妻のほうが5倍ぐらい威張っている。あまりに妻が強くなりすぎると、子供を作るのを面倒がって少子化が進むという現在の悪い状態が生まれたのだから、男女のパワーバランスというのは実に難しいものだなあとつくづく思うな。
  一昔前は、結婚というのは男子の経済力と女子の美貌の交換市場だという意見があった。表立ってそう言い切ってしまうと体裁が悪いので、愛だの恋だのという幻想をドレッシングにして煙に巻いてはいたものの、力のある男は美人と結婚したから、その人のマダムを見ればその男の懐事情は大抵は想像がついたし、そんなに外れることもなかったと思う。絶世の美女は金持ちの男が好きかどうかよりもその金が必要なのである。という意味では女子のほうが数倍も打算的で現実的な選択をするということだ。だから相場に関しても、女子のほうが現実的な分だけ伸びる余地が無論あるということだろう。ひよこちゃんとかゆりねさんとか実際相場をコツコツやっている人でも操作が上手くなっている人は多いのだ。でも彼女たちからはあまり男の匂いがしない。(失礼)きっと金持ちの男に食わせてもらうというような母の世代の女子の気質を良しとしない気概みたいなもんがあって自分の金は自分で稼ぐぜと、じつに男らしい!(爆)負けん気が強いという意味でも、相場で最初は少し失敗してもメゲナイでしつこく食い下がるという根性が女子にはあって、10年前から教えている人であさきチャンとかリリーさんなんかも地味にグラフや場帳を書いて、捲土重来を狙っているのだから、そういうガッツのある女子と結婚した男子の人生は実にお気楽でお得だなあとつくづく思うね。俺も精力絶倫だったらそういう強い♀のヒモになれたらよかったぜと思うな。パンツでも何でも洗濯して美味しい夕飯作って待ってますみたいな事が還暦すぎてやっと出来るようになったのはマダムのおかげであるとマジ感謝しているもんねー。僕って結構フレキシブルなのねえ。

 統計値でいうと、現在生きている女子の半分が90歳まで生きるそうである。僕のマダムは58歳だからあと32年生きる。仮に僕が来年交通事故とかガンで死ぬと残りの31年を一人で(あるいは再婚して)生きることになるのだから、それなりの金がいる。無論年金じゃ足りないに決まっている。平均で年間1000万使う人なら3億ぐらいはいるわけだ。500万なら1.5億いるね。3億現金で残るには税金がほぼ50%だから6億キャッシュが必要なわけで、なかなかそういう大金を普通の人が持っているのは稀だろう。だから金を残すよりも収益性のある物件(不動産とか有価証券とか)からインカムゲインとキャピタルゲインを得るような方法を選ぶお金持ちが実際は大半だろうなと思う。
 こういう考えを持っている人がお金持ちの大半だから、お金があってもお金を使えないという変な逆説にはまり込む人が多いから、いくらお金を溜めてもあまり裕福になれないという資主義の陥穽に多くの人がハマる。
「じゃーどうしたらいいんだ?」という本来的なことに自分の答えを見つけて、実際の自分の日常生活において実行するということこそ老後の楽しみなんじゃないのか?と僕は生意気にも30代の中頃に考えたのである。つまり哲学を真面目に勉強しはじめたのはその頃で、プルースト、ジョイス、フロイト、マルクス、ニーチェ、サルトルからミッシェルフーコー、ジル ドゥルース、フェリックスガタリ、アナール派のエマニュエルオーラスチンなど当たり次第に読みあさった。で、結論!そうか逃走線があれば良いんじゃないか?という事である。

 逆張りの戦争機械としての相場師は、リグって逃げて、損切りして逃げて、浪費して逃げて、とにかく社会的な一般価値に捕まらないように、金を浪費して逃げて逃げて逃げまくるのである。全ての資本主義的価値観の高低から逃げて逃げてコケにする。ラットレースに夢中な貧乏なリーマンたちを餌にする人肉市場の司祭になる。相場師というのはそういう呪われた部分の司祭なのである。
果物が熟れたら一番上手い所だけをホジってあとは見向きもしないヒヨドリのように、、汚くも周囲を全部食い散らかす。蓄積しないで消尽する呪われた欲望の原像。それが僕の目指す理想の戦争機械としての相場師である。
 スキゾフレスキとニューアカの浅田明なんかはいつも次のように書いていたように思う。「資本主義を脱構築する」わけだ。

 資本主義を脱構築するということは、狩猟民の暮らしに戻るということで、狩るのは無論資本市場での獲物という事になる。熱海にも野性のイノシシや猿が少数はいるにはいるが、そんなもの何匹狩っても実際の餌にはならんのだから、町中にうようよいるヘタクソな投資家をまとめて狩ればいいんだろ?という事である。相場というのはセロサムゲームだから、全員が儲かるということは絶対にあり得ない。実際は5%ぐらいが大きく勝って、あとは大きなマイナスか破産が常態である。この5%には胴(政府と機関投資家、銀行、証券のプロたち)が大半を取るので、個人が割り込むのは至難の技であるのは言うまでもない。多数派=破産する人と同義であると言える。

 エビデンスは無いのだけれど団塊の世代がまとめて現在資産市場から退却していると思う。株式では9月8日から11月の第二週まで個人は5兆円の売り越しである。やれやれの戻り売りで逃げたという事だろう。団塊は1947年から1951年ぐらいまで、ちょうど70歳から66歳ぐらいである。まだ身体は動くが、クラスメートでもポツポツ死ぬ人が増えてきて、健康の心配が周囲で増加してくると、資産の整理を開始し始める。後期高齢者まであと5年。運転をどうしようか諦め始める頃だ。社会性が無くなり、仕事を辞めて、繋がりが減って家に籠るのが常態化する。活動しないから金も医療費以外はいらないだろう。夫婦のどちらか(8割は男)が死んで、一人になって子供とも同居はしない人が大半で、そういう人たちは資産整理、株を売り、家を売り、土地を売り、身軽になって、現金を持って施設に入るか、小さな一人暮らしの地味な生活に入るから、資産交換市場から退出していく。この5兆円は多分そういう人の金だろうと思う。あるいはそういうことが自分では出来なくなって、相続した子供たちが現金化しているのだろう。40代の引きこもりは(団塊ジュニア)100万人もいるというデータもある。そういう個人が売ったものを買い向かったのは外国人と証券自己だ。ここでも最初から相場がもうすでに着いていると思うな。

 結構相場をする人は長寿でボケない人が多いみたい。是銀は死ぬ3日前までベッドで「5401はいくらだ?」と聞いていたらしい。林さんも直前まで場帳を書いていたというから結構しぶといんだろう。80過ぎまで元気だったらしいから。(足が弱くなってはいたらしいが、、) 
還暦過ぎになると自分で欲しいものなんて全部いくつもすでに持っているから、欲望の具体的な対象は自分の欲しいものではないんだね。子供とか孫が欲しいものを買ってやるぐらいしか実際は金の使い道なんて無いんだよ。
100グラム3000円の肉も500円の肉も同じ事だから(だって200グラムも食ったらゲップが出るし、)6000円のすき焼きも1000円のすき焼きも実はどうでもいいんだよ。もう贅沢もとっくの昔から飽きてるのだから、、。それでも人肉市場で鴨を狩る司祭の本能はまだ生きているから、チャンスがあれば出動する。そういうラットを狩る本能が狩猟民としての呪われた部分なんだね。ノマドの血族が相場師なんだね。
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紺屋町のイルミネーション  もう静岡の街はクリスマスなんだね。

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こちらはカイエンターボ  マカンと二センチしか幅が変わらんね。見分けがつかないな、ちょっと見では。

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アールデコ風の日本平ホテルのファサード
ミール ファンデルローエ のデザインに良く似ているか?

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駿府城公園の銀杏

 祭日の前日、親しい近所に住む友人夫婦から電話があって、静岡に昼飯を食いにいくから運転しろという。なんか静岡スバルという会社が日本平でポルシェの試乗会をやるからマカンの試乗の予約とホテルのランチを1時に入れたから、どうせならデカいメルセデスのほうが見栄えが良いし、どうせ相場師は暇で困っているのだろうと思っているのだ。豪雨の予報だから面倒で運転したくなかったから車だけ貸すから言って来いよと言ったのだが、もうランチ予約を3名分入れたというので土砂降りの新東名を100キロで静かに走ったら40分で清水についた。会場は日本平のてっぺん、かつて40年ほど前に営業で通った場所の近くの高原である。
 富士山と駿河湾一望の「華麗なる一族」という映画のロケに使ったリゾートホテルだから、なかなか趣味は宜しいし食事も安くて静岡県では美味しいほうだと思う。(ステーキランチコースが4000円ぐらいだ。)結局、彼らにたかってしまった。

 「なう」という表示があったり、写真しかないのは現地でスマホで取ってその場でアップしたからなんだが、イヤミな僕のテキストを心待ちにしている変な貧乏人の読み手がいるらしくて、僕はキーボート以外ではテキストなんて書く気はしないので、きっと想像力がない奴ってマジにいるんだなあ?と呆れた。(爆)そんなに貧乏が好きなら、イヤミな金持ちの僕のブルジョワごっこ生活なんて見なけりゃ良いだろうに、、と思うがねえ。ゴッコさえ出来ない自分のケチ臭さに自己嫌悪が深まるばかりだろうと思うがねえ、、。まあそういう人が世を恨んで自殺とかするのかなあ?まあそういう人が何人死んでも誰もきっと困らんとは思うけどなあ。

 ポルシェは10数年ほど前にシルバーの911カブリオレにしばらく乗っていたけれど、どうも小さい車は好みに合わないので部下にくれてやって乗るのを止めてしまった。ドロップヘッドクーペならジァグアーのXJS12のほうが数倍もエレガントだと思うな。故障は多いし、リッター 3−4キロぐらいしか走らんし、金がかかって言う事をきかんという意味では楊貴妃のような車であるが、でも実に美しい!

 会場はレヴォークという2Lぐらいの小振りのスポーツワゴンのピカピカの新車がズラーっと200台はあっただろう。スバルファンを業界ではスバリストと呼ぶらしいのを初めて聞いた。僕も同じくAUDI A6 4.2の大型ワゴンも乗っているので、速いワゴンの実用性の高さは随一だと思うから趣味は近いのかもしれないが、スバルはポルシェと同様、水平対抗エンジン(ボクサーレイアウトエンジン)という特殊なレイアウトで、エンジンの座高が低いので低重心の車両設計が可能である。つまり重心が低いと取り回しが素早く、体重移動が巧みで運転が楽しいというスポーツカーなのだが、エレガントとはかなり遠い位置にあるので、美人のネーチャンはこういう車を大抵は好まない。美女たちは必ずエレガントでラグジュアリーな車のほうが好きなのである。
 だから僕はV8や12発のデカいメルセデスやジャグアーばかり乗っていたのだと思う。カイエンとかマカンは、若い奥さんが子供を幼稚園や小学校に通学する時に使用する車という定着の仕方を欧米ではしているから、随分と日本での使用とは異なるなあと思う。RVを通勤用に使用する(ベトナムさんとか)人がきっと大半なのだろう。

 静岡市はひさしぶりだから、駿府城公園で紅葉をゆっくりと見た。都市のど真ん中でこういう風水上に気が実に良い場所に城を作った家康という男は感覚的に実に優れていたんだなあと思う。現在も静岡市は「葵」という名前が随所にあるから、徳川の土地なのだろう。ノマドピープルは定住をしない狩猟民だから、定住文化の農耕民との折り合いはよろしくないが、彷徨って移動して生きて行くから嫌いな物や事はさっさと捨ててしまうのだ。市内の伊勢丹周辺を8キロをほど散歩をして買い物もした。結局僕が買うのは、伊勢丹のデパ地下で高級食材を買うことになる。発砲スチロールの保冷ケースをトランクに入れているのですき焼き用の高い肉と油の乗った秋サケとジャコとタルトの詰め合わせを買った。またこれで太るな。(爆)

 食べ過ぎだから、毎日5−10キロは歩きたいが、静岡は熱海のように坂がないので歩行が実に楽だ。きっと熱海の1/3ぐらいしかカロリーを消費しないと思う。紺屋町という地下街で35年ほど前に静岡ガスがガス漏れで大爆発事故を起こしたのだが、当時この地下商店街にお客さんがいて、その店長が爆死したのだ。Wさんという人で随分と可愛がってくれたのを思い出した。時の経つのは速いねと思う。

We are not alone

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40年前に起きた事   3101

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現在 起きていること  3101


はじめに

みなさん、こんにちは。内田樹です。今回は安田登さんとの『論語』と能楽をめぐる対談本です。
安田さんとお話するのは、僕にとって最大の楽しみの一つです。とにかく安田さんも僕も「変な話」が大好きなので、どんなトピックでおしゃべりしていても、「話がきちんとした合理的な結論に到達しそうな道」と「話頭は転々奇を究めて、何が何だかわからない話になってしまいそうな道」があると、必ず後の方を選んでしまいます。結論とか教訓とか一般性とか、そんなことははっきり言ってどうでもいいんです。それより、安田さんからこれまで一度も聞いたことのない話を聞きたい、自分もこれまで誰にも言ったことのない話(これまで一度も僕の脳裏に浮かんだことのない話)をしたい。そういう対話相手って、なかなかいません。
もちろん、「変な話」をする人は世の中にたくさんいます。でも、そういう人たちはしばしば自分の話に夢中になると、こちらの話は拾ってくれないんですよね。自分の十八番の「変な話」をまくしたてられると、そのうちなんだか録音したものを聞かされているような気になって、げんなりしてきます。
「変な話」のし甲斐があるのは、お互いに「変な話」に没入しつつ、時折相手の話題を素材に繰り込みながら、さらに「変な話」を広げ、深めてゆくというかたちのものです。そういう対話相手として安田登さんは望みうる最高の相手です。
本書で披歴されている「変な話」やそれに付随するトリヴィア的雑学はとくに読者の皆さんが今すぐに了解しなければならないほどに緊急性のあるものではありません。なにしろ「論語」と「能楽」ですからね。2500年前の学術と650年前の芸能の話ですから、速報性も緊急性もぜんぜんありません。
それにこの本に収録されている対談そのものが、もうずいぶん前に行ったものなんです(ものによっては7,8年前)。それを祥伝社の栗原さんにテープ起こししてもらって、データにしてもらって、それに加筆するという仕事を僕も安田さんもずいぶんのんびりとやりました。時事的なトピックを扱った新書なんかの場合だと、原稿が半年も遅れると「もうそんな話に誰も興味示さないので、出版しません」というような悲痛なことが起こりますけれど、本書の場合はそういう心配がぜんぜんありません。出版が5年や10年遅れても、書かれていることのリーダビリティは揺るがない。主題が主題ですから、そうでなくては困ります。
でも、今回久しぶりにゲラを読み返してみて、たいへん面白かったです(書いた当人が言うのも何ですが)。だいぶ前のものですと、本人も何を話したのか覚えていないので、自分の発言を読みながら、「え? それで、それで、どうなるの?」とどきどきするということさえありました。「自分で言ったことくらい覚えておけよ」というお叱りもあるでしょうけれど、「売り言葉に買い言葉」ならぬ「安田さんの『変な話』に対抗してさらに『変な話』で応酬」ということを必死でしていたせいで、そのとき思いついて、そのまま忘れてしまった話というのが多いのです。書いた本人が読んでも面白いくらいですから、読者においておや。
 
安田登さんと知り合ったのは、どういうきっかけだったでしょうか。もう10年以上前、たしか『ブロードマッスル活性術』という本がうちにありました。ロルフィングをしている頃の安田さんが書かれた本です。うちの奥さんが持ち帰ってきた本だと思います。暇な日にこたつでごろごろしているとき手に取りました。僕はそういう「ハウツー本」というのはあまり読まないのですけれど、その日はたまたま「本と目が合う」ということが起きたようです。そのまま一気に最後まで読んでしまい、世の中にはおもしろいことをしている人がいるなと感心して、さっそく次の週から「ブロードマッスル合気道」というものを道場で実験してみました。するとこれがたいへん効果的であった。そこで奥さんに「この本、すごく面白かった。役に立った」と感想を述べたら、「私、その本書いた安田登さんと一緒に箱根神社で子どもに能を教えています」とのこと。おお、これは意外な縁が(ちなみにうちの奥さんは大倉流の小鼓方です)。
そのうち、たぶん奥さんが安田さんに箱根で会った時に「内田が安田さんの本を面白がってました」と伝えてくれたのでしょう、安田さんが横浜のカルチャーセンターで能楽講座をするのだけれど、そのゲストスピーカーとして来てくれないかというオッファーがありました。喜んでお受けしました。それがたぶんお会いした最初だったと思います。
そのとき講座で対談し、打ち上げで行った中華街でもそのまま話し続けました。そのときにたまたま祥伝社の栗原さんが同席されていて、「この二人のとりとめのない話を本にしたら・・・」と思った成果が本書であります(と思ってから本になるまでたいへんに長い時間がかかりました。栗原さん、遅くなってほんとうにすみませんでした)。
もしかすると、新潮社の『考える人』で連載していた、僕がホストとして身体技法の名人たちとお話しをする「日本の身体」シリーズの第一回ゲストを安田さんにお願いしたのがお会いした最初かも知れません。昔のことなので、記憶が定かではありませんが、いずれにせよ、最初にお会いしたときに「この人とは長いつきあいになりそうだな」と思ったことはたしかです。
それから後は安田さんの主宰する「天籟の会」のイベントにお誘い頂いたり、僕の道場である凱風館に来て頂いたり、いろいろなところでお話をしてきました。
この対談本にはその10年近い二人のおしゃべりのエッセンスが漏れなく収録されています。トリヴィア的なことはあちこちでもっと話していますけれど、「エッセンス」はここに尽くされていると言ってよいと思います。

この本を誰に読んで欲しいのか、今ちょっと考えましたけれど、若い人たち(できたら中学生や高校生)です。そういう人たちに読んでもらえたらうれしいです。理由は本書を徴して頂ければ、おのずと知れるのですけれど、僕たちがそれと知らぬままに深く「伝統文化」に半身を浸して生きているかことに気づくのは早ければ早いほどいいと思うからです。
若い人たちは、どちらかと言うと、「自国の伝統と何の関係もないまったく新しいもの」に惹きつけられます。僕自身、中学生の頃、いちばん夢中になって読んだのはアメリカのSFでした。それは明らかにそれが日本の文化的伝統とほとんど無縁のものに思えたからです。「100%ブランニュー」というところに魅せられたのです。正直言うと、大人たちが見向きもしない新しいものであれば何でもよかったんです。
二十代の半ばくらいまでは「新しいものはよい。古いものはダメだ」という単純な進歩史観の信奉者でした。当たり前ですね。子どもが大人に勝てるとしたら「新しいものに対する感度の高さ」しかないんですから。
でも、文化的な作物について、「これがわかんねえやつは時代遅れ」というような定型的な決めつけをして勝った負けたで一喜一憂するのは、ほんとうは意味がないことなんです。だって、この世に「ほんとうに新しいもの」なんてほとんどないからです。多くは「ありものの使い回し」です。ほんとうにそうなんです。
でも、勘違いしないで欲しいのですけれど、僕はそれが「悪い」と言っているんじゃないんです。むしろ「すごいこと」だと思っています。何度も何度も使い回しされ、焼き直しされるものというのは歴史の風雪に耐えて生き延び、あらゆる場所の、あらゆる世代の人々の創造的な気分を活性化しているんですから。たぶんそれは人間がそれなしでは創造することができない何かなんだと思います。
というわけで、ある時点から僕は「新しいもの」を追いかけるのを止めて、長い期間にわたり(ものによっては何百年にわたって)文化的創造を通じて執拗に繰り返され、反復されるものを検出することの方に興味を持つようになりました。武道や能楽や古典文学に関心が移ったのはそのせいです。
それは単なる知的関心という以上に、自分自身がどれほど豊かな文化的伝統に養われているのか、それに気づくと、急に生きやすくなったからです。
『未知との遭遇』というスティーブン・スピルバーグの映画がありましたけれど、そのキャッチコピーはWe are not aloneでした(ずいぶん古い話ですから、若い人はご存じないと思いますが)。
このwe are not alone ということを感じることが時々あります。古流の型を稽古しているうちに古人がその型に託した術理に気づいたときとか、能楽の謡を稽古しているときに思いがけなく身体の深層の筋肉が震動し始めたときです。「ああ、昔の人も『これと同じこと』を感じたんだな」ということが実感されると、「私はひとりじゃない」と思うのです。何というか暖かくて、フレンドリーなものに触れた感じです。そして、当然ながら、時代が隔たっていればいるほど、「あ、昔の人も、これと同じことを感じたのかな・・・」と直感したときの喜びは深い。

長くなってきたので、そろそろ話をまとめます。
これから先、若者たちの中から「出家」したり、「諸国一見」の旅に出たり、伝統的な芸能や技術の習得のために師匠に「弟子入り」したり・・・という生き方を選ぶ人が増えてくるんじゃないかという気がします。気がするだけで、何の根拠もないんですけれど。
でも、僕たちが豊かで多様な伝統的な文化的資源に養われて日々暮らしているということが感知されたとき、どうすれば昔の人たちの思いや感情と交流できるのか考え始めたとき、そういう生き方はごく自然に選ばれるのではないかと思います。
安田さんと僕は二人ながら「昔の人の心身のうちに想像的に入り込む」ということの専門家です。そんなことを専門にしてどんな「いいこと」があるんだろうと疑問を抱く人がきっといると思いますが、その疑問はお読みになるうちに氷解すると思います。とりあえず二人とも最初から最後まで上機嫌ですから、「そういうこと」ができると機嫌よく暮らせるということは確かです。
ではどうぞゆっくりお読みください。

  内田 樹の研究室より転載

貧乏人は株を買え

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富士山 冠雪  手前の黒い山は愛鷹山で駿河湾の沼津ご用邸付近です。

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ここから北方向(富士山)を見ています。

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3101  壮大な山ですね。これから3−4年で1000円ぐらいまでは動きそうですね。


 月業日は紅葉狩りに100キロほどドライブした。熱海から135号を海沿いに網代まで走って、そこから山越えの亀石峠を越えて駿河湾側に降りる急斜面の横断道路が有る。地元民しか通らない寂れた道を550CLでぶっ飛ばすと細い場所では対向車は全部止まるなー。(笑)熱海付近で一番行儀の悪いメルセデスだろうなあ。それでも熱海市内は700日間交通事故死者ゼロの記録更新中なので、事故って人を殺すのは縁起が悪い。亀石から大仁伊東線という地方道で閉店間際の青空市場でたっぷり5キロも柿を買った。次郎柿と四つ溝柿は小振りだが甘みは強い、ヌラーというかヌターっという舌に残る感じが高級なのね。
 さてそれから修善寺を経由して、だるま山高原のレストハウスで駿河湾、富士山見学。摂氏4度、風速6メートルで体感温度は氷点下!実に寒いので熱いお茶が嬉しい。義母は富士山が大好きは右翼だから、この景色を見せたのね。NYの写真展で金賞をとった絶景がそこにはある。次は修善寺に降りる手前の紅葉1000本の「虹の郷」というテーマパークのような場所があって、今月は夜間営業でライトアップをして紅葉を楽しめる。昨日三枚とったのはそれです。1時間ほどで冷えきったので網代に戻って、アジアジでお魚のお食事。無事に帰宅したのは9時でした。
 こうやってまた紅葉を見て1年が過ぎました。もう11月だからあっという間に今年も終わりです。
みんな元気で楽しく生活できているので、もうこれ以上の幸福なんてないなと思うな。
3101東洋紡の48年を書いた。200円を超えるとアゲアゲがはっきりしてくる銘柄なのだね。本日は203円。良いんじゃない?たっぷり仕込んで。
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