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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

書庫日記

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「電気とガスが無くなったら僕たちの生活はどうなるだろう?」という問いは僕にはとても面白い。
多分、江戸時代の暮らしと同じになるだろうというぐらいの想像はできる。二つがないと、電気製品も車も生産、運搬、修理も出来ないから、動力と熱という意味でのエネルギーはほとんど無い。木を燃やすぐらいしか手がないから、都市は維持できない。農村で薪を拾って煮炊きする以外に方法論がないから、人類の半分以上が恐らくいなくなる。農薬も肥料も大規模には作れないから食料の自給が大規模には不能だから、自分で食料を調達出来る人以外は全員餓死するということが当たり前に起きるようになる。江戸自体の人口は3000万ぐらいだからきっと1/4ぐらいに日本の人口は減るのが自然だろう。無論、相場なんてやっていられる場合じゃない!のは言うまでもない。
 「そんな事は起こらない。」という思考停止をしていれば安心、安全なんだろうが(爆)部分的には地震や災害が起きれば一時的にはそうなった。これが戦争とか核の事故とかが世界規模で起きれば、明日にでもそうなる可能性はある。石油が入らないと大半の車は動かない。ガスが無いと煮炊きが出来ないし風呂にも入れない。電気がないと情報も受け取れないし、電話もパソコンも使えない。人力以外に自分で使えるエネルギーがほとんど無くなるという事だ。劇的にライフスタイルが変るから「資本主義」なんてものは多分瞬時に消し飛ぶんだろうと思う。作るには400年かけてコツコツ作ってきた現代資本制社会は結構モロい部分で出来ているなあとあらためて思う。
 なんでこんな馬鹿げた仮定をするかと言えば、数年前に登山の真似事をしたからだ。山頂には電気や水道やガスやトイレはない。(ところが大半だ。)すると欲しいものはリュックに入れて自分で運搬する以外に「方法論」が僕たちには無いのである。それでも便利な水筒や軽いガスバーナーやケトルがあるとラーメンやコーヒーぐらいは少量ならなんとかなるが、せいぜい数日分が可能というに過ぎない。異次元空間の体験というのは、そういう現在の僕たちの幸運をはっきりと教えてくれるという事だ。でもそういう現在って本当に永続的に確かなものなのか?と疑り深い僕は、「多分どこかで人類は大失敗をするはずだから、僕は出来るうちにお先に楽しんじゃおっかなー」と思うので、キリギリスがきっとお得ですよーと毎回書いているのね。まあこれは思考のタイプみたいなもんで、もしかしたらあるかもしれない事に対する、こちらの構えという事になる。イタリアンタイプなのかもしれない。でも車はドイツ車、ペンはドイツ製とイタリー製、時計はスイス製だから、まあ輸入品の高級品は好きなほうだろうと思う。それは製品が「階級化」されているので僕の趣向にきっとマッチしているからだろう。奢侈とはつまり武器と同じという感覚なのだろうと思う。
 この「もしかしたらあるかもしれない事に対する、こちらの構え」というものは馬鹿でなければ少しは考えておいたほうがいいんだろうと思う。僕が好きな作家にコーマックマッカーシーというアメリカの売れ筋作家がいるのだが、彼の "ROAD"という作品は、そういう状態になった瀕死の人類がどうなるか?どう生き残るか?というテーマで書いている。僕は体力や生命力に全く自信がないので、そうなると一番先にクタバルタイプだという強い確信があるのだろう、そういう自覚が「予防的な快楽」=キリギリスな生活を生んだという事なんだろうと思う。別にそんなハードな社会でも大丈夫!という人は、どんどん蟻のように働けば?とも思うし、キリギリスとアリの存在比率は多くの蟻の前提によって当然成立すると思ってもいる。だから個人の好みの問題、意志の問題、能力の問題、やり方の問題だよねと思うから、みなさんは好きな事を好きなように自分で決めてやれば良いだけの事である。多様性とはそういうものであり、一致する事はあり得ないという事でもある。
 同意であれ、反発であれ、嫉妬であれ、羨望であれ、毎日400−500名もこんな個人のデタラメをよくまあ見に来るものだねと呆れてもいるんだね。暇な人がすごく多いのだろうと思う。

熱海のキリギリス

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銀杏も黄色になった長泉町

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クレマチスの丘も秋色

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企画展「戦争と平和」

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マダムとデートするレストラン プリマベーラ

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カシミアとハリスツイードの季節

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ホワイトガーデン

  午後からドライブがてら十国峠経由で三島に降りた。途中に日本一長い吊り橋、スカイブリッジがそろそろ出来るという話を聞いたので、横を通過した。山中城址から2キロぐらい降りた進行方向、右にある。12/14オープンで大人1000円で400メートルの吊り橋を渡れるらしい。国道1号線からすぐに見えるから完成したら行ってみよう。三島から高速でクレマチスの丘に3ヶ月ぶりに行ってみる。すっかり秋から冬景色だ。ホワイトガーデンは白バラ満開。モミジも色づいてきたし、街道沿いの銀杏のすっかり黄化している。2時間ほど見て、イズミュージアムで企画展を見てから、夕飯のお買い物に西友にこれまた半年ぶりぐらいに行った。マダムが言うのは最近のアレンジの人気は野草系だという。レッドフォックスという赤いススキのような花のヴーケなどがトレンドだという。女子の好みの変化は毎度難しいねえと思う。食品だけで15000円くらい買ったら重くて二人では持てないほどだ。これで多分1週や10日ぐらいは持つんだろうと思う。肉を6000円ほどいろいろ買ったのは、鍋をするためだ。鍋の本を買ったので、そのレシピの具材をたくさん買った。すき焼き用の牛肉とか鳥のひき肉とか豚バラとかステーキ肉とか色々だ。8割が冷凍になる。
 ホントに猫は毎日「喰って、風呂に入って、寝る」以外にほとんど何もしていないが、不思議な事に誰の役にも立っていないがこうしてノウノウと生きている。典型的なキリギリスだが、困った事はほとんどない。冬が来ても餓えない。暇すぎてすることがあまり無いという事ぐらいだろう。多分、金(交換の記号)が少しあるからだろうか?あるいは価値という記号を無化しているからだろうか?
 もうすぐ12月になると、すぐにクリスマスと正月だ。1年はあっという間に過ぎるから、今年も何もしなかったねと毎年思うのだが、思い出すとフラットを一つ買っていた。「僕が死んでもマダムが困らないように」という理由だ。運転が出来ない人でも快適に暮らせるフラットを買うという彼女の終の住処を確保しただけ。
ツーか去年このフラットを最初に内覧したのは12/10ぐらいだったと思う。前々から素敵な立地と建物だねとネットで見ていたのだが、価格の問題があった。要は割高に見えたのである。1年前の春の価格は3300万と2800万の売り物件だった。それが夏に2300万に下がったなと思っていたら、12月に1850万になったので冷やかしに見に来たのだ。それでもまあまだいいかと2ヶ月待っていたら2月に1650、1380、1100と毎週暴落するので、1100になった翌日に内覧して、その場で買った。9ヶ月で1/3に暴落というのはいくらなんでも訳あり?と思ったが、買った不動産屋が資金切りで決算前に投げたかったという理由だったのだ。こんな事もあるから注意して見ていると犬も歩けばという事もあるんだね、と思った。改装に1000万かけてもおつりが来る。新築と全く同じかもっと更に高級に快適になった。それで引っ越しが完了したのは6月だったから、今年の後半は「熱海の人」となったわけだ。不動産は株式に先行して(ちょうど1年ぐらい)急落したという事実があって、突っ込みを買った事になった。その後、今年の6月を天井に株も下がった。「なるほどやっぱりね。」と思う。

 気温が平均で多分2−3度は上がっていると思う。ガソリンの使用量が1/4ぐらいに減った。マダムのお迎えの距離が往復28キロから往復2キロに減ったせいだろう。単純温泉がナトリウムカルシウム泉に変った。まあ住環境は3グレードぐらいは高級化したんだろうと思う。広く、近く、豪華になった。でも慣れればどうということもない。猫と僕だけだから140平米は広すぎで掃除機をかけるのが面倒だが、ルンバに大半をお任せしている。
 別に家が高級になったとか、車が高級になったとか、服や食べ物が高級になったとかいうのは金さえあれば誰でも可能な事だからどうということは無いありふれた事だと思うが、世の中は安い方、安い方にばかり関心が向いているように思う。「安い方、安い方に行くのはそんなに快適で幸福な事なのかしら?」と不思議でならないのだが、どうしても僕にはしっくりと理解できないのである。まあ、いいや死ぬまで多分このままわからんままのほうが良いような気がするから、、。12気筒のジャガーが壊れてコロナという大衆車を300キロほど運転した経験が僕にはあるのだが、二度とこういう種類の車に乗りたいとは思わなかった。「嫌いな乗り味」だったからだ。嫌いな事をするほど人生は多分長く無いと思う。だから好きな事しかやはりしたくないのが本音で生きるという事だと思う。
 「現象的に働く人ほど貧乏な生活を目指し、働かない人ほど豪華な生活を目指すという経済学的な矛盾する事態は何だろう?」って思いませんか。r>g のお話を何度も僕は書いているけれどそういう事が経済全体では起きてるという事なのだろうと思います。僕のせいでは無いですよ。そういう資本と労働の関係性のトレンドなんだろうと思う。だからそれに乗るのか向かうのかという態度の問題、好みの問題だと思う他ないのですね。
 思考の慣性とか観察の欠陥とか理由はいくらでも指摘できると思うけど、きっと「新しい現実を認めたがらない大衆的恐怖心」ということなんじゃないのか?と思うのね。

 お仕事は結果が全てであると思う。多分、そう思う人が日本ではすごく少ないせいだろう。「全ての労働倫理を愚弄すれば良いのにねえ、、。」と思う。


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鈴木涼美ちゃんのコラムは鋭い!女子は1世紀先を走っている!!!


 テロや戦争は嫌だねと思う。こちらは無関係と思っていても相手はこちらを恨んでいるから、起きるときは必ず起きる。だから起きた時に、そこになるべく居ないようにする以外に予防手段がない。その意味で海外や空港はヤバイし、東京も込み入った場所は今後は標的になりやすい。
阿部はアホだから軍事力があればなんとか抑止できると思っているようだが、通常戦力では全く役には立たない。テロは一度起きたら終わりということで、通常の国家的な兵力を無力化するからテロなのだ。それは組織の意思決定と実行プロセスの優位性がテロをする方に必ずあるからで、全体としては防ぎようがない。報復でいくら空爆してもテロの抑止には全く効果がない。それによって更に怨念が増してテロを増やすだけのことだろう。
今回のテロも、フランスは劇場とスタジアムと飲食店だった。マリはホテルだった。NYでは高いビルに飛行機が突っ込んだ。オームの時は地下鉄だったから、人が密集する場所で実行しないと政治的な意味とかコスパとかが効果がないから、テロはこちらが気をつけると遭遇する確率は少し下がるだろう。都市部の人が集まる場所には行くなという事である。それでも死者は多くて数千名だから戦争と比べればまだ誤差の範囲だろう。これが2、3桁増えるとパニックの度合いは見過ごせない規模になる。

 熱海で人が少しいるのは休日の午前中の駅前だ。多分1000人ぐらいはいるだろう。熱海ではテロよりも地震による津波とか箱根の噴火による火砕流のほうがリスクは高いと個人的には思う。それでも今週箱根の警戒警報のレベルが1に下がったらしい。マジかね?と僕は疑っている。そんなこと気象庁にわかるのかね?といつも疑っている。

 西欧とイスラムはもう1000年も戦争をしているから、今更平和になれと言っても無理だねと思う。十字軍の中世からの怨念の連鎖なんだから、なるべく干渉しないに越したことは無い。個人同士では恨みが無くても、家族や知人が殺害されて嬉しい人など誰もいない。それがナショナリズムに火をつけるのは歴史を見れば明かだ。アジアで従軍慰安婦の問題がずっと言われているのはそのせいだろう。やられた方は忘れないのだ。日本はすぐに水に流すという変な文化的な特徴があるが、なんで国際法違反の民間人を何十万も原爆で殺されたアメリカと仲良くなるのか理解に苦しむ人がもっといて良い筈だろう。日本の右翼なんて、「次に戦争するならNYとシスコとロスに水爆を落とす」と言わないと愛国ではないんじゃないの?と思うがそのアメリカの核の傘で70年もマッタリしているのだからマジ呆れるぜと思う。
ボーダレス化がどんどんと進むと価値観が異なった民族や文化との衝突は必然的に確率問題で必ず起きる。移民が増えれば当然だ。だから多元的な価値観がないと上手く行かないことが多くなる。多元的とは「善し悪しなんてどうでも良い」という緩い価値観だ。だから同質化圧力の異常に強い日本社会はモロいなあと思う。「あれかこれか」ではダメで「あれでも、これでもイイか、どうでも」と緩くないと廻らないのだね。軟派の思想と言っても良いだろう。ネーチャンに対応する力と言って良いと思う。相手は手強いなんでもアリだから、こちらも適当にいなしていかないと時間切れで負けると思うね。

 もともと中東は遊牧民の住む土地だった。それを西欧が植民地化して勝手に国境線を引いた。石油が出たので権益保護のために軍隊を出して、王家保護の名目で部族間の利害が錯綜してこうなった。ノマドピープルは賢いし強いから自分の文明に強い愛着と誇りを持っている。西欧的な価値観(民主制と資本主義)を頭から否定するから和解の道なんて最初からあるはずがない。無駄な努力をするのはクタビレモウケになるのは決まっている。金だけ払って油だけ買ってりゃ良いんだよ。そしてテレビと車を売ってりゃなんとかなるんだろうと思う。軍事力でも経済力でも解決しない問題とは文明の問題なのだから「諦めろ」という他ないのだが、空爆すればその分「やったらやり返す」文化はどこも同じだと思う。1年に空爆で何万ものアラブの民間人をアメリカは殺しているのをどういう正義で語れるのか?ジャーナリストを数名懺首するとか少女を強姦するとか戦争していればどこだってやっているのは当然なんだから今時四の五の言ってみてもどうにもなりはしない。そのうちどこかから核を調達して、先進国の都市部でドカンとやるようなテロが起きてもちっとも不思議ではないと思うのだ。パリ、ロンドン、NY、モスクワ、北京と同時にやれば世界地図は全く変わる。東京、大阪、福岡で同時にドカンとやればほぼ日本という国は無くなると思う。資本主義は多分終わるだろう。費用対効果ならそれぐらいの知恵と金は多分彼らは持っているんじゃないのかね?と僕は思う。こちらはそうならん事を祈る他ないね。
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桃山温泉  7.2 アルカリ塩泉  給湯権は85万、年間維持コスト15万。
ビューバスで気持ちが良い。浴槽は琺瑯製、コーラルの2名用で広いです。
多分浴室内装で500万ぐらいはかかっていると思います。


 北の湖理事長が体調不良で突然死した。主因はガンによる多臓器不全らしい。冥福をお祈りします。享年62歳、現代にしては多分若死にということになるだろう。同年代の人が亡くなると、次は俺かなとみんな思うかどうかは知らないが、僕は思うほうだ。別に自覚するような特別な疾患があるのでもなく、悪いのはいつも頭と口ぐらいしかないと思うが、人間の寿命というのは結局自分ではわからない、だからこそあちらの都合なんだから、こちらに出来る事には限度があって、「今を生きるということしか出来ない」という点で相場と同じだ。どうせ生きるなら快適なほど好ましいと思うから、好きな事しかしたくない。時間と金と勇気が少しあるとそんなワガママな暮らしが出来るから便利だと思う。
 健康法なんて特に何もした事が無い。タバコはもう13歳から50年近く吸っているし、運動もあまりしない。サプリなんて一つも飲まないし、持病が直ってからは医者にも行かないし、健康診断ももう五年もしていない。だから毎年役所から成人病検診の無料の郵便が来ても何もしていない。それでも何とか生きているのは「嫌いな事は絶対しない、好きな事だけして暮らしている」から何とか生きているのだろうと思う。確かに温泉好きで都内にいる時から板橋や蒲田、奥多摩、埼玉の温泉には良く行っていた。月に4−5回は暇だから行って、半日遊んでいた。相場師だから時間は何とでもなるからだ。それが高じて、「温泉地に住んじゃお!」となって函南と熱海と家を買った.古くて安いマンションだから、外車の値段ぐらいしかしないので天然の掛け流しの温泉に24時間いつでも好きなだけ入れるというのはコスパが高い。友人が目黒の狭いマンションを買ったが30坪で1億だ。僕のフラットは40坪で1100万だ。熱海は坪単価で都内の1/10で、僕のは掛け流しの温泉がついている。なんで日本の住宅事情はこんないびつな価格構造なのか?と考えれば、需給と言う他無い。熱海ではお仕事が出来ないせいで安いが東京ではリーマンは割高の住居費がかかるという事になる。なら熱海で出来るお仕事をすれば良いだけだろう。リーマンは貧乏なのに更にアホじゃねえの?と思う。しかも彼より僕のほうがギャラが高いのだから、金は黙っていても増えてしまう。算数が出来ないのと勇気が無い、この2点で大半の人は損をしていると思う。まあどうでも良いけど、、。

温泉浴は30分も浸かるとPHのせいで疲れて良く眠れる。ぐっすり8時間でも12時間でも疲れれば眠れる。戸別給湯を選んだのは誰かと話をするのが面倒だからだ。いちいち話を合わせるのは面倒臭い。ワガママは昔から変らないからだ。
 我が家はガン家系だから、現代人の五割がかかるガンに当然僕もそのうちかかるだろう。これはほぼ100%かかると自分でも思っている。何かの原因で人間は必ず死ぬのだから、特別な事だとは思わないし、死というものは普通の人の普通の結果だから、特に恐れてもしかたがない。日常生活の当然の結果だと思えば、こんな当然の事は無いだろうと思う。死を恐怖するのは教育とか宗教とか倫理という外部的な価値観が個人に刷り込んだ迷信だろうとタカを喰っている点が他人様と少し異なる点だろう。だからそれが来る前に「出来るだけ好き勝手やり放題をして今日を生きる」というのが一番コスパが高いと思うので、ドンドン遊ぶ、仕事はしないという時間の配分をもう20年もやっている。その意味では、1日8時間、20年で4万時間分は既に人より自由に生きたのだから明日死んでもおつりが来るねと思う。猫次郎というからには次男なのだ。実は長男は僕が生まれる前に1歳と2ヶ月で病死している。そんな短い人もいるわけだ。60年も生きられれば凄いなあと思う。
 
「老後」なんて概念は自分には無くて、場帳が書ける間はいつでもしたけりゃ相場は出来る。相場が仕事か趣味かなんて考えもしない。相場は「金儲け」以外の何物でも無いのだから必要ならチョビッとやって取れば良いだけだ。目標なんて無いし興味も無い。使い切れない金なんて身体にそれこそ一番悪いもんだろうと本気で思っている。でも地味な生活だから(自分ではそう感じているがあまり他人はそう思わないらしい。他人の価値観なんてどうでも良いし無関心である。)あまり金は必要がない。金は交換手段だから、物とサービスの購入以外には役に立たないからだ。物は有り余るほど何でも既に持っているし、棄てるのに苦労するほどだ。1日1−2回しか食事は出来ないし、面倒臭がり屋だから本を読むのが日課だと金なんてちっとも必要がないのだ。ゴルフも出来ないし、妾もいないし14歳の拾って来た猫がいるだけだ。猫缶と猫砂ぐらいなら月に1万ぐらいしかかからない。
余って困ればたまに贅沢をするが、それでも熱海になんて住んでいると売っていないものは買えないからタカが知れている。三ツ星のレストランは無いし、ベントレーやポルシェやフエラーリのディーラーは無いから買ったらメンテが面倒だからヤナセで直るメルセデスにどうしてもなってしまう。海外なんて40歳ぐらいまでにほとんど仕事で行き尽くした感じが強いのでもう行きたくも無い。10日間ぐらいが限度なのだ。食事と水がやはり日本でないと都合が悪いと身体が言っていたのだね。それに猫がいると外泊すると餌と水をやらないと死んでしまう。だからハルトモさんと同じで留守番がお仕事になる.(爆)

 ガンになりにくい体質を作るのは可能だ。ナチュラルキラー細胞が活発になれば、免疫が上がって早期にガンを撃退できる(ガン以外のウイルスも同様だ)のだから、温泉で体温を上げれば良い。1度上げると免疫は50%上がるのだから、温泉にゆっくり毎日2回30分ぐらい入ると体温が嫌でも上がる。毎日湯治をしてりゃ良いという事だ。
 バドガーシュタイン鉱石とか北投石(玉川温泉の岩)は、ラジウムの入った低量の放射線が出る石だ。この地区のガンの罹患率は周囲の1/10だから、効能がはっきりとあるのは知られている。ガンにかかって医者に見放された人が、北投石の岩盤浴で3週間で腫瘍マーカーの値が970から8まで下がったというのは事実なのだから、制がん剤なんかよりよほど効果的だろうと思う。
 同年代とか年下でも身体の不調を訴える人ばかりだが、主因は睡眠不足と冷えとストレスに決まっている。だから1日10時間寝て、温泉に入って、美味いものを少し喰って遊んで暮らせば良いという当然の結論になるだろう。あとはやるかどうかだけの事である。実行力がないと今日を快適には生きられないというだけのシンプルな事なのである。

文明は良いなあ

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ナノイーファンヒーター
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ビルトインエアコン
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225開所来 月足グラフ


 現在と過去を比較することで「大いなる反省」を僕は何度か仕事に関してしてきたと思う。一番大きな反省は過剰で猛烈な働き方の反省という事だった。「これを何とかしないとどうにもならんぞ!」37歳の時にした決断がその後の僕の人生の全てを決定している。「そうだ、相場師になろう。」(爆)この時僕はそう決めた。
現在は仕事は1日2時間と決めたチンタラ高等遊民をしているが、過去の僕は一応経営がお仕事だった時期が30代の若い時にあったので、死ぬほど働いて寝る時間は毎日3−4時間だった時期が結構長い時期あった。若くて体力と気力が人一倍強かったから出来たやり方だったが、そんな超人的なやり方は絶対に永遠には続かない。案の定、ほどなく身体を壊してしまった。胃潰瘍である。騙し騙し仕事を続けたが毎日七時間寝ても五年間で都合4回ぐらい再発している。確かに金は少し儲かるが、毎年2000万も納税すると、税金を払うために病気になるようなことは「実に馬鹿げている」とある時感じてか「仕事のやり方」を考えるようになった。
夏目漱石は49歳で死んだが、死因は胃潰瘍による喀血だ。修善寺の「あさば」という料亭旅館で死んだ。病気を舐めると早く死ぬという事だ。
 少し人より金が儲けられるぐらいでは、人は幸福なんかに絶対になれないという経験があるとその後の働き方や生活の仕方が劇的に変った。24歳の時に父親が61歳で死んで、その時の目標は経済的に成功して30歳で引退して、残りの30年を遊んで暮らすだったが目的は全く達成されず、40で引退しその後は遊んで暮らすに後ズレした。これは現在まで20年間に関して一応近い形で達成されている。人間、本気でやろうとすれば大抵の事は実現するという事だろうと思う。あとはやり方の上手い下手と運の有る無しだが、やろうと思わん限りは始まらない。
まあ1日2時間の相場の仕事(場帳)は、何かしていないとボケるから張り合いとして必要な事だと今は思っている。絞れば20分で同じような効果があると思うが、一度作った習慣を崩すと感覚に大きな悪影響が出ると思うので、そのままチンタラやっている。場帳を書けば、平日は平日だという事がわかる。社会と自分との繋がりは時間的にはコレしか現在の僕にはないのである。

 残った時間が僕の人生のプレミアムだ。一般人は労働8時間、通勤2時間プラス残業がおそらく同年代の平均だろうと思う。だから平日は僕は一般の人より8時間プラス残業分が「自由な時間」ということで、年間2500−3000時間、20年で5-6万時間を好きな自由な事に使って来たと思う。人より先に遊んでしまったからと言って、もう誰にも僕の自由な時間を取り返す事はできない。つまり人生とは最初にしてしまった人の勝ちなのである。この順番の逆転こそ文明の差異化という事なのを後で僕は知識として知る事になる。大半は読書と昼寝と温泉と旅行と料理と相場とその他の遊びに使ったはずである。「蟻とキリギリス」は反語的な童話だと気がついている人は皆無である。頭の善し悪しとはそういう視点の事であると思う。会社を経営していた時より、健康になった、明るくなった、笑うようになったとマダムは言う。多分昔は苦虫を噛み潰しているような不機嫌な顔をしていたんだろうと思うから、胃潰瘍になって当然である。それぐらい会社経営というのは身体にはあまり良く無いお仕事なのだった。
その点で、慎重な相場師は比較的長寿なようだ。そもそも相場師は「歩いている人が全員馬鹿に見える。」くらい儲かれば、後は大きな失敗さえしなければ良いという商売だ。だから「張らない」自己規制だけできれば金の苦労は全く無い。普段はちょろちょろ小さな玉を転がして遊んでいれば良いだけだから、ストレスなんてゼロである。遊んでいるとそのうち多くの人が曲がって死ぬ、その死んだ所を骨を拾いに行くというようなアコギな商売なのである。だから強気が全員死んで、死屍累々という時だけ少し本気で出ればよいのだろう。そんなタイミングは10年とか20年にきっと1回ぐらいしか無いのだから、長期のグラフを書いてる人にしかわからない。

 デスクを整理していたら、昔の225の東証開所以来(戦後1949年からの)のグラフが出て来た。これから見るとサポートライン(グリーン)は13000−14000円ぐらいに位置している。ここから5000円ぐらい下に当たるから、そういうタイミングが来たら、多分コツンと来て壮大な上げの3段目が始まるかな?と当たらん予想をしながらニヤニヤしている。
2003年と2008年で7000円台でWボトムを打って、今年21000円付近まで3倍に戻している225は、一端しばらくは押すだろうと思う。それがサポートラインぐらいになった時が最後の買い場かなと思うから、それまでは戻れば売ってクルクルするのどかな日常である。

 熱海は都市ガスがある。(函南は無かったので石油ファンヒーターだった。)それでナノイーがスファンヒーターを買った。54000円が28000円だった。お友達がガス会社にいたので聞いたら負けてくれた。これでまた快適な冬が過ごせるだろう。天井のエアコンと同時使用すると室温16度が4分で22度に上がる。文明は良いなあと思う。
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