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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

書庫日記

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冬が来る

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15gを2分で200ccで落とす

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鍋の本

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美味しいパン

 暇であまり読書以外にすることが無いので、悪ダチと今日は湘南Tサイトにお出かけした。熱海ー茅ヶ崎西湘バイパス往復で130分、110キロ、
8.3K/LだからメルセデスのV8の燃費は性能費では優れていると思う。途中160キロを一瞬だけ出してみたが、五速2800回転で80キロから4秒で到達という感じだ。重いのにトルクの塊という感じの乗り味はやはり重量級のFRの魅力だねと思う。巨人の掌でぐいっと押し出されるようなトルクフルな加速感だね。豪華というのに相応しいからいつの間にか他には乗れなくなっている。トータルでは実に経済的だねと思うけど理解されにくい。普段の生活にはスペックオーバーで力の1割も実際には使用しないのだからまあ無駄だといえば無駄なんだが、どうぜ人生は無駄の暇つぶしだからこんなもんでもいいかなと思う。100キロ順行は6速で1200回転しかしない。
 実はツタヤの湘南T-SITEで、「コーヒーの美味しい入れ方教室」というのがあって予約していたのね。コンクールに出るようなバリスタが、タイマーと温度計を使って「どうやったら自分の好みの味のコーヒーを落とせるか?」というチャレンジングな集いだった。参加は6名。若めの夫婦(子供連れ)、おばさん2名、オッサン2名(俺たち)初老のオッサンもう一人(この人もメルセデスのCLA200)シルバーに乗っていた。駐車スペースがお隣だったのね。昨年は輸入車の販売台数でついにメルセデスがトップだったということで、小さいのは良く売れているのだろうと思う。異文化を少しお金がかかっても体験することで得られる感覚的な差異は、具体的な幸福感に直結しやすいと経験からは思う。できるならなるべく若いうちに、非日本的なものを沢山体験すると感覚的な視野が広がって、その後の人生の楽しみがすごく増えると思うので、余裕のある人は是非そんなライフスタイルを志向して欲しいなあとおせっかいだが思います。
どんなモノも自分でお金を払って体験してみないことには見識が広がるはずがないからだ。狭い見識は同質化圧力を生んで、息苦しい窒息気味の集団性に知らないうちにはまり込む。鴨はそうやって大量に生産されていく。それは結局不幸な人生ということになりやすいと周囲を見ていつも僕は思うから。

 今日は、この教室で4300円使った。(入会金 1500円を含む。次回は2800円らしい。)これでコーヒーを3杯飲めて、パンとサラダのランチがついて、お土産にコーヒー豆を50グラムくれた。蔦屋のこの店は実に品揃えが楽しいので、今日は鍋料理の本を買った。(1200円)
教えてくれたバリスタの先生のやっているパン屋で上手そうなパンを買った。イチジクとゴルゴンゾーラのパンって想像できますか?豚肉を使ったパニーニとかオリジナルが凄いから4つで1000円しなかったから、値段はとても安いと思う。このパンは小麦粉が良いのが一口噛むとわかる。相場に必要は感覚はこうした「風味」とか「触感」とか「匂い」とか「味」と同質なもんだと思うので、理屈はどうでも宜しい。良いものとそうでないものを嗅ぎ分ける感覚=動物の感覚が相場の商売道具だから、ド下手な人はまず水と食事を変えたほうが良いだろう。美味しい水と食事は、五感の基礎だから、ここがズレて狂えばダメに決まっていると思う。コンビニに売っているような食品は、極端に同質化されたものだから排除するのがまず一番の差異化の入り口だ。「大衆の時間感覚と自分のそれをいかに差異化するのか?」を具体的な生活習慣に取り入れるなんて実に容易なはずだが、実行する人は少ないなあと思う。料理を自分でするのはその良い方法だろうと思います。毎日が目に見えて具体的に豊かになるし、、。安い残業なんかしないで、とっとと家に帰ってゴハンを作るほうが儲かる人になるんじゃないの?と思います。
 合計6500円に駐車料金600円で7100円が今日使った支出である。(あと高速代とかガソリンとか細かいのもあると思うが)
 午後 昨日売った4047 を−1と落として8000円の利食いだったのでその日暮らしのイーブンだろうと思う。おまけで 9104  339  2−  と乗せておいた。

 まあ細かい事はどうでも良いのだが、無精者なので、誰かが連れ出してくれないと運転も面倒だし、ヒッキーで常に本ばかり読んでいるから、こんな外出があると少しは世の中の事がわかる。鍋の本には60以上のレシピがあるので、5つや6つはすぐに真似して作れると思う。出汁とタレのレシピがあるのが便利だと思うし、具材の投入順序とか調理時間とか普段はあまり使用しない具材の調理時間が書いてあるのは助かるな。冬は寒いから、暖かい鍋料理は嬉しい。人数が少し増えても、へッチャラなところが宜しい、しかも鍋をつつくというのは、直箸でどんどんするほうが楽しいから、どうしても仲良しでないと都合が悪い。僕のフラットには月に数回友人や家族がゴハンを食べに来る(マダムは別として)そんな暮らしが心地よい。昨夜は友人宅で、おでんパーティーでお呼ばれになった。年を取ると楽しみはどんどん限られるから、美味しいものを一緒に誰か仲良しと戴くというのは一番身近な幸福の形だと思う。金なんてあっても無くてもあまり関係ない(よぼど貧乏していれば別だが)のだから、そういう機会を増やす努力をするのが重要だ。誰かが来れば、部屋の掃除をしないわけにはいかなくなるし、料理をしないわけにはいかなくなる。マズいと馬鹿にされるから、それなりの準備をするようになる。こうやって冬がまた来たなという感じの熱海暮らしです。

芸の本質

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阿蘇山や箱根、浅間山の噴火活動などが活発になっている。一方で東海地震や関東地震など予想されうる大規模地震と津波の心配に加えて、こんどはNYやパリのようなテロの心配が増えた。先週は村上龍の「オールドテロリスト」を読んだが、戦時中の満州国からの帰還兵の老人グループ40名が東京を襲うという筋書きだ。標的はNHK,場末の商店街、大規模な映画館、そして最後が原発で、静岡の浜岡原発に88ミリ砲を速射でぶち込むという筋だ。文芸春秋の連載だったから、それなりの読者を想定しているはずだと思うが、質は正直に言って「酷いなあ」と思う。石原慎太郎のテキストを読む時に必ず感じる、最低最悪のテキストの質というレベルに近い。芥川賞を取る作家でも、こんな程度のテキストにいつの間にかなってしまうのかと日本の文学賞と読者のレベルを常に考えてしまう。龍は以前も「半島を出よ」で、北朝鮮軍が福岡に飛来して九州を制圧する軍事物を書いているし、それ以前も日本が東西に分断され地下トンネルを使って戦争をする小説なども書いている.スピード、SEX,暴力という近代シネマエンターテイメントの3要素をふんだんに盛り込むという定石に従ったテキスト構成だが、あまり「売れた」という話は聞かない。楽しむ要素が無いと売れないから飯が喰えないのでそういう要素で書くというのはわかるが、その書き方が正直なお話、時代性、地域性のリアルをちっとも感じさせないなら「なんか全然違うな。」と思うのだ。テロ小説において「オールドテロリスト」というなら、まずはこのオールド(老人)の描写がリアルでないと面白くもなんともない。同じ老人をヒーローに使った犯罪小説でも、高村薫の「レディージョーカー」の薬剤師の老人のほうが100倍もリアルで迫力がある。才能の差と言えばそれまでの事だが、これだって新聞小説(毎日だったかな)だったはずだ。結局は大衆向けのテキストというのは重層性と洗練がないからダメという結論にいつもなるのだ。

 熱海は、まんま老人の街だ。老齢化率43%! なんと人口構成で65歳以上の人口が43%もある。オールドマン&ウーマンてんこ盛りの街だから、朝は早い。イオン系列のスーパーは午前7時オープンのはずで、8時にはレジに行列が出来る。カートを押して腰の曲がった婆さんが車道を堂々とふらつきながら進むから、こちらはそれを引っかけるとエライ事になるから当然徐行せざるを得ない。耳が遠くなっているんだろう、車の接近がたぶんわからないような歩き方がここでは「普通」なのだ。道は狭いし、違法駐車が多いからデカイ車を運転するのはリスキーで不便極まりないのでSクラスのメルセデスなんて最も非日常的で不便であるから、昼間はなるべく僕は外に出ないことにしている。事実、熱海での大型の外車は9割以上が東京ナンバーの観光客と別荘族であると思う。

 都市の金持ちの引退老人と地元老人あるいは地元民化した元都市定住老人という2種類のクラスに熱海老人は分断される。後者は働かないと喰えないから、年金で不足する人は元気なうちはマンションの管理人とか小売や配達人をしている。僕のフラットの管理人はキャリア23年の86歳の元旅館の経営者だった人、佐川の宅配の軽トラの爺さんは前歯が数本抜けてどう見ても70歳は過ぎている。阿部ちゃんが「一億総活躍社会」なんて国民運動をテーゼにしようとしているが、要は「(福祉の)金がないから死ぬまで働け」という運動である。まあそれは金がないのならしかたがないが、「総」というのはどうか辞めて欲しい!金がないのならそういう人は働けよと思うが、働く必要の無い老人まで無理ヤリ働かせる国民運動はイタダケナイ。一定比率の人は恵まれているのだから、社会のために金をジャブジャブ使ってトリクルダウンの筈だったでしょ?3年ぐらいでコロコロ変えるなと言いたいね。国民貯蓄の大半は老人たちの預金である。この預金を担保に国は金を借りる。国債とはそういう性質の債務だから、彼らが預金をどんどん取り崩してしまうと金利は跳ね上がる。つまりデフレからインフレに変る。そうなっては国の債務は返せない。だから「金はそのままにして」働けという事を言うわけである。

 数時間後、タクシーに乗って、この世のどの他の空よりも澄み渡った無慈悲な空の下、バランキーヤの空港に向かっていると、七月二十日通りを走っていることに気がついた。5年前から私の人生の一部をなすようになっていた反射的行動で、私はメルセーデス バルチャの家のほうに目をやった。すると、そこに彼女がいた。張り出し玄関のところにすわった彫像のように、ほっそりと、超然と、きちんとその年の流行の、金色のレースのついた緑のドレスを着て、ツバメの翼のように切った髪をして、決して到着するはずのない人を待つ人特有の、濃密な平穏をたたえているのだった。七月の木曜日の、こんな朝早い時間に、永遠に彼女を失うのかという腹立たしさを私は逃れることができず、一瞬、タクシーを止めて、別れを告げてこようかと考えたが、私のような、こんな不確実で頑な運命に、今更挑戦するのはやめた。
 飛び立った機内でも、ねじくれるような後悔の念に苛まれ続けた。この当時には、前の座席の背もたれのところに、まだ古きよき呼び名で「お便りセット」と呼ばれていたものが装備されている美風があった。金色で縁取られた短信用紙と、同じ紙でできたバラ色やクリーム色、水色の封筒が入っていて、香りがついている場合もあった。それまでの数少ない旅行に際して私は、そこに別れの詩を書いて、そのまま紙飛行機にして飛行機から降りたときに飛ばしたりしていたものだった。私は空色の便箋を選び、初めて形式張った手紙を、張り出し玄関に朝の7時にすわっているメルセーデスにあてて書いた。相手のいない花嫁のような緑のドレスを着て、不確かなツバメの髪をして、誰のためにこんな早朝からドレスを着たのかすら気がついていないメルセーデスにあてて。それまでにも遊びのような手紙を彼女に即興的に書き送ったことがあったが、返事はいつも、偶然会ったとき、口頭で、逃げ口上のようなものを受け取るだけだった。今度の手紙は、私の旅のことを公式に知らせる五行の短信以上のものになるはずではなかった。にもかかわらず、私は末尾に追伸を添え、そこに著名する瞬間になって、正午の閃光のように目を貫いたーーー「もしこの手紙に一ヶ月以内に返事がなければ、僕はこのまま一生ヨーロッパで暮らします」。
ほんのかすかな一瞬だけ、自分に思い直す時間を許したあとで、私はひとけのないモンテゴベイ空港の、午後二時の郵便ポストに手紙を投函した。すでに曜日は金曜になっていた。翌週の木曜日、またもや国際的な不合意ばかりに終わった無駄な一日を終えてジュネーブのホテルにもどったとき、私は返信の手紙を見つけた。 (了)

     「生きて、語り伝える」G.ガルシア マルケス   より転載

 80歳を過ぎた死に損ないの有名人作家が、少し痴呆の入った美女の老婦人をナンパするという実にあっぱれなテキストなのだが、きっと昨年無くなった渡辺淳一はマルケスのような老人の楽観と勇気を羨ましく感じていたのだろうと思う。「豊さ」というのは一体何かという事を思うとき、それが金で達成できるものでは決して無いなあと常に思う。テキストというのはまさに「芸」なのだ。芸が芸である限り、常に質を問うのは当然だろうと思う。
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夢の架け橋(寸又峡)
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紅葉真っ盛り

あくまで私見だが、「相場で現在先行するものは何か?」
という問いを自分にしてみる。商品、とくに原油というのが僕なりの感じだ。
1699 野村原油は円ベースの表記だから為替込みの値ということになる。
2014年6月天井で、今年の1月に底抜けたということで最初に崩れたから、しばらく低迷が続くだろうし、まだ底練りの入り口というチャートパターンなんだろう。安値はおそらく300円を切るのかなと思うので、WTIなら20ドル台。つまりまだココから半値の可能性を残していると思う。
従って、資源デフレ、原価安は当分需要の世界的な劇的回復なくしては無理だろう.世界中の大半が大食いの5.5Lのメルセデスでも乗れば話は別だが、日本人の大半は省エネでエコカーか軽自動車を買うし、前回のエコカー減税で需要の先食いをしているからまだ買い替えが始まるのは早い。しばらく内需はダメだろう。中国もコケたから残りはアメリカだけだが、いずれ金利が上がるとお辞儀になると思われる。緩和マネーの行き場所がどうなるかというクイズなら、循環するという他ないが、アメリカで利上げが開始されるとさてどうなるのだろう?

 1699は10月はかろうじて月足は短陽線だったが、今月はまたお辞儀だ。安値は8/25  428、本日は461だからあと最安値まで40円もない。
資源株は当面これを追いかけるということになるのかな?と思って、折れ線グラフを更新している。原油のサイクルは2年程度が多いから、コツンはきっと2016年夏頃か?と思うので、日本株はそれからしばらくして目先底かな?ぐらいのゆっくりした底になるかなと思いながら月足を書いている。
結局、リフレ派の主張は実現しなかったという事になるのかもしれない。

もっとも少し長い目で見れば、エネルギーコストの劇的低下で一番メリットがあるのは日本企業だろう。しかも歴史的な円安だからウハウハ儲かるということになるだろうから、そのうち再評価される時間がくるんだろう。しかし、その手前で大きな調整が入るようなチャートをNYは示しているようにも見える。

 慌てて株を買う必要はないし、戻れば一旦売っておけが安全だねと思う。
今年は3521を6/29に102円で売った。昨年の40円台の買いは倍加している。これが今日は55円まで有った。高値は170円ぐらいだったから5ヶ月で1/3に叩かれている。
上げ相場が仮に継続しているのなら「言って来い」はまず無いから、多分40円台を割ることもそのうちあるのかなと思うので、また50円を割ってからポツンと買い下がって放置するという事に多分なるだろう。途中で90円台と70円台で空売りして(数枚の試し)弱いので落として見ていたが、(買う時期を後にズラすために売ってみたということね。)高値から6−8ヶ月後からで充分な気がしている。8013も同じだ。6/23の86で売って今日は60円まであった。これも50をそのうち切るだろう。買い始めは来年2月ぐらいで良いかねと思う。
そんなだから、急いでするお仕事は「戻り売り」だけしかない。買い落ちはどこでもゆっくりで良いから、クルクルだけを適当に(ホントに適当だ、3−5本押したら買い落ちし、まだ崩れが弱いのを売り乗せるだけ)やるだけ。だから飽きる。

5631 456 3− 新規売り建て
9104 326 2−


5707 296 −3 落ち
4047 890 −1
9101 323 −2


売って2−4週でクルクルすると落ちるようだ。利食いで13万ちょっと。しばらくこの反復をしていくと大半が利食いになる。利食いにならなくなれば多分目先底ということなんだろう、そしたら一番突っ込んだものを少しだけ買ってみる。相場は売っても買っても同じ事だ。
相場観なんて全く必要ない。値動きに適当に合わせてクルクルだけやっていれば、現金は増えるのだ。だから相場とは常に現金を増やすゲームだと思う。
ポチッと3分働くと13万。優れた資本主義の生産労働倫理でコレを越える人は多分ほとんどいないでしょ?仕事が成果で評価されるとすれば、どうやって成果を出すのか考えないと意味が無いと僕は思う。仕事に脳を使用しないともったいないと思う。視床帯下部の蛇の脳の運動脳の使い方だろうと思うけど、、。


今日は上記を寝坊したので10時前に注文したら、紅葉狩りにお出かけした。
寸又峡というモミジの名所が川根本町という静岡県の北、長野県境にある。熱海から新東名経由で150キロ、往復300キロぐらいを走ってみた。
「夢の架け橋」という吊り橋を渡った。かなり揺れるのでマダムがキャーキャー言っていた。空気が綺麗で気持ちが良い。
こうやってのんびりと僕の秋の日が過ぎて行く。

構造問題

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 行きたくもないのに上京した。土曜日は小雨で小田原厚木道路も東名もスカスカで、熱海から用賀まで75分、速度超過をほとんどしていない。先週とりあえず2万キロほど走ったのでタイアを全部取り替えた、ヤナセで26万ぐらい。グリップが戻って直進性が増した。
2トンあってFRでヘアピンが駅から家まで6つある。しかも斜度が16度とかいう急斜面だから、タイヤのヘリが少し早いのだろう。少し濡れていると3速でも5速でもちょと踏むとドリフトする。狭い道で歩行者や猿がいるのでひっかけると厄介だからお早めの交換とした。

 愚息の結婚相手のご家族との四谷の料理屋でのお食事会ということで、「貴方は喋るな」というご命令がマダムからあったのでなるべく当たり触りのないことだけ聞かれたら話した。27歳の初婚のご両親は48歳。つまり21歳の時の子供さんで先方もご結婚が早い。うちの息子もマダムが学生だった時の子供だから、似たようなものである。先方は、他に中学3年と高校2年のお子様がいるということで、まだまだお金がかかるのでお仕事が大変だろうと思う。ご両親ともサーファーで真っ黒!世田谷の地主さんだから、まあおっとりしているなあと思う。両方とも祖母同席で一番元気なのは祖母たちで酔っぱらってご機嫌だったようだ。親孝行が出来て嬉しい。孫の結婚はたぶん親より爺さん婆さんのほうが盛り上がるらしい。

  婚姻届けに「証人欄」があって、ここに署名捺印しろというのが今回の息子の要求である。前回もしたような気がするが、離婚した時はそんな証人欄というのは無いのだろうか?した事が無いので知らない。まあ何度もするもんじゃないとも思うが、こういう男女の事は本人以外にはわからない。子供がいなかっただけ良かったねと思う。いたら、離婚したら子供の養育なんて事にすごく影響が出るのは必然だろう。複雑な御家庭の事情は、実に子供さんが苦労するのはハルトモさんの記述からも想像できる。できればそうでないほうが良いだろうと思う。
我が家は妹が3人子供を産んだのが羨ましいらしい。子供が欲しくなったので結婚することにしたらしい。まあしっかり働いて、家族を養うという普通の男子の役割をきちんとこなして欲しいなあと思う。

 人口が減る家族と、増える家族の2種類がいる。妻が必ず2人以上生まないと構成員の総数は増えない。ということは、健康でエロい妻というのが家族発展の基礎という事になる。これは絶対必要条件。子供の遺伝子の基礎は母親のものだから、体質の基本は母親次第。だから若いうちに一番良さそうなのを先取りする能力が男子の健全な人口拡大の基本戦略になるのが「大きな物語」の当然の帰結となる。国はダメでも家族では「大きな物語」は無論可能ということだ。どうせ国家など共同幻想である。いやなら棄てれば宜しい。

これだけでは多分ダメで、つぎに餌の確保が上手い男または女がいないと生活が貧乏になる。これはまあ余程馬鹿でなければ、練習、訓練、教育でなんとでもなると思う。なんとかならんと貧窮状態になるんだろう。なんとかならんケースが多いのは、親も子供も馬鹿か無能だというのが一番大きな理由だと思う。会社員になるしか生きる方法を知らない親が多すぎる。金なんていくらでも他に稼ぐ手段があるという事を「知らない」「出来ない」という部分が理由の最大だね。沈む船に乗っているネズミみたいな状況に自分があるという自覚の無さに尽きると思う。明日、会社が潰れて、あるいは首になって10年ぐらいは楽勝で遊んで暮らせる状態を実現できる家庭がそれぐらいあるんだろう?それが出来れば慌てないし安売りしないだろう。なんでも職業でそれなりにモノになるのは時間がかかる。10年ぐらいは普通だろうと思うからだ。
比率は人口所得分布で、上位10%程度で結構快適な生活が可能なのじゃないかと思う。
 植民地作家と呼ばれる一群の作家たちの作品群が素晴らしい。ジュンパ ラヒリもロンドン生まれのベンガル美女だ.渡米して大学院を出て99年「病気の通訳」で Oヘンリー賞受賞後、ニューヨーカー新人賞、ピュリッツアー賞、フランク オーコーナー国際短編賞と大賞をかっさらう凄腕美女だ。このような、ノマドピープルの成功例は逃走線の重要性の証明だろう。自分が何が切片なのかを本能的に知っている、表現出来る(ジャンルが何で有れ)。だから樹木状の組織(会社とか官庁とかいう)を容易に破壊する。
フランスで大規模テロが実現したのは、アルカイーダの組織がリゾーム状だったからに他ならない。抑止する能力は既存組織では絶対に不可能である。構造の問題なのである。

文学のカタルシス

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もち吉の煎餅   4つで1400円

 11時にお土産を買いに熱海駅に降りた。てんこ盛りの人だかり。熱海は大人気なんだなあ。明るいうちに駅に行く事がほとんどないので(だってマダムは早くて夜8時ぐらいに降りるから)金曜日の午前中にこんなたくさん人が歩いているとは思わなかった。きっと1泊か日帰りで温泉観光に来ているのだろうと思う。リゾマンがある人なら駅前にいないでさっさと消えるはずだからだ。
 ゴールドクレストが大規模リゾマンを熱海駅前に建設中で大型クレーンが見える。第一期は既に完売だったらしく、狭いのに4000−12000万の高額大型タワマンでほとんど都内在住の人が買ったと不動産屋の親父が言っていた。東京の金がこうして少し地方に流れるのは良いんじゃない?と思います。それにしても「癒しビジネス」大流行りなんだなあと思う。ヒーリングとか癒しとかいうのが、きっと安全、安心と一緒で「売れるポイント」なんだろうから、それに反すると袋だたきにあうようだ。食品偽装とか嘘の表示とか手抜き工事とか、コストと時間の手抜きで「癒しの効果」を減殺されると大衆感情が沸騰するという構図は同質化圧力が極めて強いという反証なんだろうし、そういう部分に大衆を誘導する意図というのを少し疑るぐらいでないとホントの安全、安心なんて手に入らないんじゃないの?と余計な事まで考えてしまうのが悪い癖だねと思うが、そういうカタルシスの誘導が一番上手かったのはあのヒットラーだったと思う。カタルシスのネタなんてどうでも良くて、この同質化こそがヤバイ問題点という意識が強い人は多くない。差異化したものに一々対応するのには手間隙がとてもかかるから効率が極めて悪いのね。だから同質化してしまえば料理するのは容易という事で、すぐに手抜きで一丁上がりという事に何でもなりやすい。

 昨夜は吉本バナナと宮本輝「人生の道しるべ」と村上龍の「オールドテロリスト」を読んだのだか、5時まで読んでいたので今朝も寝坊で11時に起きた。遅寝、遅起きの癖がつくとみんなの時間と噛み合ないから、渋滞や混雑をと無縁になって嬉しい。一緒にする事なんて何もないのだから、なんでも空いているほうが楽で良いなあと常に思う。
 同質化と言えば、日本の小説家で一番売れるのは村上春樹で次は吉本バナナだ。二人で全体の6割近くの売上げだと聞いた事がある。それぐらい文学の需要が同質化してきたという事なのだろうし、「癒し」というポイントのツボを押さえているから売れるんだろうと思う。毎年春樹がノーベル文学賞を取るか取らんかで話題化するようだが、売れているうちは取れないなあと思う。春樹はノベリストよりもトランスレイターのほうが才能があるんじゃないかと個人的には思うのね。翻訳する対象の選択センスが実に良い。アーヴィング、オブライエン、カーヴァーと少しマイナーな所という壺にヒットする。アメリカンマイノリティーのカタルシスとはつまり資本主義のカタルシスという事だから、そこのアレンジメントで上手なビジネスをしているという部分で春樹とバナナは曲者という事なんだろうと思う。日本人は真面目な人が多いから、彼らは癒されたいという願望のために「明日癒されるために今日は働こう」とする。まあそれはそれで良いんだが、リアリストになると「明日はあるかどうかもわからないのだから、今日は癒されよう(サボろう)」となるんだろうと思う。仕事というのは不思議なもので一所懸命にすればするほど何故か増えるのね。だから残業になって、明日に持ち越しになって何時までたっても癒しの明日は来ない。ところが怠け者はまあなるべくしたくない事は後廻しだから、まずドブーンと風呂にでも入って癒される。気持ちが良いから気分の楽で、風呂から上がればすぐに眠くなって昼寝となる。起きたら腹が寝るのでゴハンを食べる、すると満腹になってまた眠くなる。いつまでたっても仕事の番が回って来ない。
 100人いる村で99人が明日の癒しのために今日は必死に働いてたった一人がいつも大抵サボっている。実体はそんな同質化が日本の常なんだろうと思う。一人になると「変っている」と言われるが、別に順番の違いだけなんだけどねえ、、と思います。それでもしないといけない残されたことはタマにはするんだね、嫌々、チビッとだけど。そういうゆっくりとした反対動作というのが「差異化」という逃走線なんだろうと思う。99倍の梃の原理とは多分そういう事なんじゃないのかと文学を読むと思うのね。
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