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猫次郎のなんたらかんたら書き放題
お山の上から鴨を食うノマドライフは極楽ね

書庫日記

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「月足なんて面倒で書けない」という人がきっと9割以上なんだろうと思う。若い時はたしかに暇がないと無理だし、かったるし、肩も凝るし、他にしたいことが山ほどあるし、金も欲しいしと生きていると様々な欲望と現実の狭間で揉みくちゃになるのが多くの人の人生だろうと思う。原因と結果、努力と成果というマトリクスに効率という要素を加味した価値観に捕われているような人はそもそも大衆的価値観の権化のようなものだから画期的な成果を生み出したという話を相場に限らずとんと僕は60年生きて来て一度も聞いた覚えがない。そこをスパーっと割り切ることが出来るような人は10万人に一人ぐらいだから(微分的な選択肢を取る人は)、割り算が嫌いな農民はせっせと畑を耕す.(爆)ウサギが切り株につまずいて儲け物という体験を一度でもすると(僕は幸運にも18歳で体験して)、またウサギが来ないかな?と考えるようなアホなタイプでないとななかなか職業相場師になろうなんて思わないのだろうと思う。事実、ごく稀な数しかいないし、、、。

 で、銘柄が何か?という初歩的な問題のご参考に5月の月足を書いた後にピックアップしたのがこんな感じである。多分80−90ぐらいあると思うが、中には数倍にもう化けているものもあったようだ。単純に平均を150円とすると最少単位を均等に買うと単価を150円とすると1200万、200円なら1500万ぐらい資金が必要になる。20枚なら2.5億ぐらいは必要だろう。
僕はこの中から安いの順にウエイトをかけて500−1000枚程度いつも根玉で分割して買って放置する。上げでも下げでも毎月大体500−1500万ぐらいは動くので、老人二人が飯を喰うのは問題ないということになっている。
金が少しあって年を取ると欲望が減って(というかほとんど欲しいものがないぐらいたくさんの物に囲まれてウンザリ気味ではある)、どうでも良くなるものだが、まあ暇なんで惰性で毎日場帳を書いている。
3時半ぐらいから約2時間、200銘柄ぐらい持ち株を中心に書くと、「これいいな」が出て来たら拾う。吹いたら売るの単純な作業だ。もう歯磨きや洗顔と同じ習慣だから、どうということもない。作業が無いと生活のリズムが出来ないので困るのだ。することの無い人は真似てみたら良い。10年ぐらい地味にやるとわかる人は多分わかる。(爆)

 去年の7月にグラフの会をやった。初心者が15名ぐらい来て「こんな資料を作るのか、練習はこうやってやるのか」という体験をしたと思う。彼らはその後1年続いているのだろうか?それを20年ぐらい続けていると猫のようになるんじゃないか?と実例として感じる。健闘を祈る。
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 ツカモト、ナイガイ、井筒屋と蚊帳の外だった低位株がお祭り騒ぎになったので、とりあえず利食いを入れたら、100万超の利益だったようだ。なんということもない安値買いの長期放置でマグレで上がっただけなので、またすぐにダレルの繰り返しなのだろうが、まあ喰える時は喰うしダメなら放置するだけだ。繰り返し売買で売り値よりまた半値押しぐらいでまた入ればよろしい。そのうち最低値の5−10倍になることが多いので何度も繰り返し売買をすると値幅の数倍利食いが出来る。
50円なら500円で10倍だが、繰り返しをするとその1.5−2倍ぐらいの値幅になるんだろうと思う。ナイガイは13年に2倍になったがまた1/3になった所を拾っていたので、2回目ということになる。100円以下はだから美味しい。
 100円以下が元気がよくて、エコナックなども新高値だが60枚かかえて放置している。倍ぐらいになったら売るかねと思うが、そのうち動くんだろうと思う。
何が来るのかなんて順番なんてマグレ以外には当たらんが、言える事は「上げていないものはそのうちに来る」事が多いということで、安い順に買っておくとどれかが当たる。当て屋の猫としては、そろそろ意味なく上がる(内容の悪い不人気低位株)ものが出て来る頃かなとも思うので、売ったら半値のものをまた仕込むの繰り返しをしている。売っているものが担がれてる限りは下は無いのだろうから、それとの見合いである。20−30枚ずつ買ってしばらく(2−3年)放置というのが遠藤流だと思うが、これがなかなか当たるから笑える。細かい売買なんてなんもせんで、場帳とグラフだけ書いているだけだが飯が喰えるから癖になる.(爆)もっともたまには分割の練習なんかも10枚ぐらいで地味にやったりもするが面倒だからまあどうでも宜しいかという事になってしまうし、大勢に影響はほとんどない事であるから、体操ぐらいのつもりでするのが良いと僕は思う。

 日曜日は発作的に「鎌倉」に行こうということになった。紫陽花寺の明月院に出かけたが、午後遅く4時頃だったのでピークは過ぎでいたが、それでもたくさんの観光客が小雨にもかかわらず来ていた。道路はずっと渋滞で動かなそうだったので、鎌倉駅の側のパーキングに止めてそこから3キロほどをお散歩してみたが、良い運動だった。
返りはバスに乗ってみたが、考えてみたら10年ぶりぐらいにバスに乗ったような気がする。自分が運転しないとラクチンなんだなあ、、、と思う。
せっかく来たので「鎌倉野菜」を食べようということで、雪ノ下という野菜の店でバーニャカウダを食べた。鎌倉野菜は甘い、味が濃いという特徴があって、歯ごたえが素晴らしい。返りは稲村ケ崎を通って西湘バイパスを飛ばす。鎌倉ー熱海は80分ほどで着いたので思いのほか近いのだろう。

 今日は図書館で本を借りた。國分功一郎と中沢新一、それに翻訳物を5冊ほど。
梅雨の季節は読書の限る。

したい事とできる事

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 新橋駅前でリーマン100人に「今したい事は何ですか?」という問いをしてみたら「温泉で癒されたい」というお答えが7割近くもあったらしい。それほどみなさんきっとお疲れなんだろうし、日本人は総じて温泉好きか風呂好きなんだろう。確かに積極的に温泉が大嫌いという人に会った記憶はない。
新居も旧居も天然温泉が個別で掛け流しだから、毎日入っているとそれがいつの間にか当然となるのだが、泉質は個別に異なるから効能もなんか異なるような気がする。元々、身体が剛健という事はなくて、どちらかと言えばヤワな生っちょろいひ弱な方だったから、体力的な無理は利かない。無理をするとすぐどこかが不調になって、特に消化器系が弱い。胃腸が弱いのだ。だから昔から胃痛とか十二指腸とかがすぐ潰瘍になったりした。20代の終わりからずっとそうだったせいもあって、アルカリの水を飲むと調子が良くなる。痛みが消えるということはきっと胃酸過多で自分の胃液で胃を溶かすということの繰り返しだったのだろうと思う。ガスターやセルベックスという胃酸を止める薬がないと痛くてしかたがなかった。体重はひどい時は48キロぐらいしかなかったからガリガリだったのが今は嘘のように肥って何と64キロもある。172センチだからまあ標準体重という事なのだろうし、服のサイズはSからMに変ったし、ウエストが太くなって腹が出た。50歳ぐらいでインプラントを3本入れて、ピロリ菌の除去をしたら嘘のように直った。きっとインプラントで良く噛めるようになって消化が良くなりゴハンを効率的に消化吸収できるようになったのと、ピロリ菌が無くなって胃酸が出なくなって調子が良くなったという相乗効果だったのだろうと今は思う。それからあっという間に60キロを超えた。3割増量はスーバーの特売並みである。食べる量も運動量も同じでも体重は変わるのである。近頃は身体が重いので、即時は2回少なめにしていても減らない。
 父親が死んだのは61歳だから来年はそれと並ぶ。なんとかかんとかそれよりは少し長くは保つかな?と自分の残り時間を疑いながら生活している。だから人よりずっと早く(何と20−25年も)定年というかお仕事を辞めてしまった。結局40歳から20年間、遊びっぱなしで社会的貢献を労働によってはしていないが、こんなに機械化、自動化が生産流通で進化したのだから、一人や二人グータラ寄生生活をするのがいても社会的には何も困った事など起こらないという予測通りの事となった。
 新居の風呂はとても広くて豪華だ。5畳ぐらいある。物件価格が発売当初2億近いこともあって、調度品の中でも風呂は伊豆石の内装と外国製の二人用の浴槽に変えてある。ビューバスで窓が全開できるから半分露天な感じで申し分無い素晴らしい浴室で、山景色を見ながら風呂に入れるので買うのを決めた要因に一つだった。桃山温泉という給湯組合の給湯権を買って毎月12000円の使用量を払う。10年使うと毎月きっと2万円ぐらいなんだろうと思うが、まあ銭湯に行くのと大差ないランイングコストで健康を買える。二人なら1万円で小さな幸福が具体的に買えるのだから誰でも買えると思うのだが、病気になって医者に金を払うより予防的にお金を使うほうが気が利いていると僕は思う。快楽に金を払うほうが苦痛に金を払うよりも合理的だろ?と思うが実行する人は多く無いようだ。
「冷えは万病のもと」というけれども、体温を1度上げると免疫機能が4割も増加するというのだから、毎日数回(僕は2−3回)温泉や風呂に入れば、1回で約3時間は体温が上がった状態になる。
6−9時間も上がった状態なら、起きている時間は常に体温が高い状態を保てる。温泉地に住む人に長寿が多いのと、日照時間が長い所に住む人に長寿が多く、自殺が少ない理由はおそらく「体温」の維持に要因がある。ロシア人の平均寿命が極端に短いのは「寒い」せいなのはまず間違いないだろうと思う。免疫が強いなら病気になりにくいしなっても直りやすいという事だ。
自殺率の最高は秋田県、日照時間が最低だからだ。静岡県は日照時間は日本一らしい。能天気な人が多いのはそのせいだろう.(爆)
 文明とは常に温度の獲得と同義だった。衣食住という3要素は衣服による体温の獲得、食によるエネルギー(熱量の)確保、住は雨風からの体温維持の共通要素なのだから、合理的な考えなら「いかに体温を確保するのか」が生きるための基本機能という事になる。少し登山をすればわかるが、人間はすぐに低体温症になって死ぬ。体温が5度も下がれば脳が機能低下して歩行も発話もすべて不能になる。だから少し時間とお金にゆとりがある人は、体温維持にもっと積極的にお金を使うほうが快適に毎日を過ごすことが出来るだろうと思う。
 徳川家康は熱海の湯を桶に入れて江戸まで運ばせたというが、今なら東京から新幹線で40分で熱海につくから通勤だって可能だし、事実毎朝熱海からの自由席は満席状態であるからここから東京に通勤する人も増えているのだろう。きっと400−500名の通勤者がいると思う。1500万人ぐらい労働者が東京にいるとして0.002%の比率だね。10万人に二人だから確かに殿様並みの確率だ。100人のうちの70人が望んでいるというのにそのうち実際に実行できる人は何故これほど少ないのだろう?「やりたい事をするのが人生の楽しみ」なのじゃないのか?と思うのだが、口だけでしない人がほとんどなのだ。いろいろ事情はあるにろ、自分でしたい事はしたほうが良いと思います。自分の身体に嘘をついても良い事はあまり無いと思うから、、。

幻想の市場価格

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 努力して出来ることと出来ない事が世の中にはあるんじゃないのか?と常に思う。僕は半端な不良猫だから、エリート発想はしない習慣で、それだからこそ出来た事というのが確かにあるのだ。
エリートは努力して人より投入が大きく(時間とエネルギー)なれば、いずれ目的は達成されると希望する発想者が多い。いわゆる積分発想である。不良猫は異なった発想方式を持っていて、努力してもすればするほど出来ない事がある。だからそういう時にはさっさと諦めると不思議にマグレで出来たりする。つまり微分発想である。逃走線と平滑空間と哲学では呼ぶ。

最近、黒澤明の「生きる」という映画を見ました。(久しぶりの邦画です)志村喬がとてもいいのですが、ガンだと分かって「今まで自分は生きていなかった」と気付く場面では考えさせられました。今日も1日過ぎていきます。24時間充実して生きてきたか、これにYESといつも答えられるよう、過ごすのが生きるということと肝に銘じて……

 こんなメールをエリート美女から頂戴することがある。相場というよりも「生きかた、暮らしかた」の見本として僕を見ている人もきっといるのだろうが、総じて真面目なエリートさんたちである。きっと僕の数倍、数十倍の時間と努力を仕事に打ちこんで、立派な業績を残している人が多いのは言うまでもない。だったら何で僕のような不良のグータラ猫のノマドライフに関心があるのだろう。きっと仕事のし過ぎで心のどこかにぽっかりと穴が開いてしまって、それを塞ぐ方法を見つけられないのだろうと思う。彼女の問いはこうだ。>今日も1日過ぎていきます。24時間充実して生きてきたか、これにYESといつも答えられるよう、過ごすのが生きるということと肝に銘じて……

 猫は反論する。仮に24時間充実して生きている男がいるとすれば、彼は決してこの種の問いを自分に発することはないだろう。時間を効率としては認識しないし、彼の時間は何物にもおそらく分割されることは意識の上では起こらない。起こらないから疑問を感じないし、感じないからその種の疑念の問いを発する合理的な根拠がないのだ。楽しくてか、暇でか、忙しくては別として、彼はただヒラヒラと無為に時間を過ごすのである。それが好きな方法だからと言う他ないし、他にしたい事がないからでもある。原因と結果というマトリクスで時間を分割しないし、行為を分割しない。好きな事をしている、嫌いな事は避けるという諦めの継続が物後の成り立ちを変えて行くだけだ。

僕はいつも自分で読んでみて「これは素敵!」と思う文学作品を彼女に贈ることがある。数年前にカズオイシグロの Never Let me go. の邦訳を贈った記憶がある。2度目のブッカーを取り損ねた名作だが、クローン人間が自分の死の順番を待つSFタッチの小説だ。「いつか自分の死の順番がやってくる。それまでの時間で素敵な恋人と普通の幸福な暮らしを一度はしてみたい、、」そんな切実な少女の物語。避けられない死を待つ運命にあっても、欲望の追求を自分で実現していく人間的な生き方が素敵だからせひ読んで欲しいなと思ったし、君の生活も是非そうであってほしいなあと思ったからでもある。誰でも同じような死を待つ短い時間を僕たちは生きている。それを意識すればするほど自分の残った時間を誰でも大切に丁寧に生きるだろう。相場師は上手くなれば少しは金になるが、かといって金で時間を買うことは難しい。金で時間を売り渡すことが宿命の資本主義社会というマトリクスの中で大半の個人の生活は成り立っているのは承知の上で、その選択を諦めるということがきっと彼女の恐怖の入り口という事なのだったのかもしれない。
 お金があれば大抵の物は買えるが、お金で買えるものでの満足なんてそんなに大きなものではないと僕は思う。たかが物、たかが金であって、それ以上でもそれ以下でもない。充実や満足というものは個人的なものだからいくら大量に集めたって定式化なんて出来ないだろうと思う。無いと困るのなら、自分の必要分だけあれば宜しいだけの事だ。単なる交換の記号なのだから、、。
彼女はアメリカンショートヘアーを飼っている。きっと20万円とかする高価な猫なんだろう。それの価格は市場の需給が決める。僕の飼い猫は貰ってきた日本猫♂で市場価値はたぶんゼロかマイナスだろう。猫との暮らしは快適で実に可愛いのはきっと両方とも同じで、そのかわいいに幾らの市場価格がつくのかは「幻想」であると僕はいつも書いている。猫にとっては市場の価格は無意味であり、猫の快楽は飼い主との関係性以外にはあり得ない。飼い主は猫の価格と猫の快楽をどう因果するのだろう?高い猫ほど可愛いという幻想に浸って彼はあるいは彼女は自分を慰めているのだろうか?
 幻想文学の傑作をガルシアマルケスがいくつも書いている。90歳の老人が誕生日に処女と淫らな夜を過ごすというベトナムさん顔負けの幻想を彼は書いた。快楽の本質を彼はどう読み解いたのか?そんな事を楽しみながら僕は毎日風呂の中で本を読んでいる。相場師の暮らしなんてそんな他愛無いものだろうと思う。

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マーボ豆腐だって作りすぎないから便利だ。辛過ぎで咳が出る!!

梅雨が戻ったが、熱海は曇っている。昨日は一度も振らなかったが東京はずっと雨だったらしい。
函南も伊豆山も静かな場所だが、始発の新幹線が通過する音にテラスにいると気がついた。実走で1キロ、直線距離なら多分その1/3ぐらいしか駅との距離は無いから、通過音が聞こえても不思議は無いのだが、昼間は聞こえない。朝と深夜、テラスにいる時にわずかに聞こえる程度だから、熱海駅はトンネルが間際まで来ているせいで音が少ないのだろうと思う。もっぱら鳥の鳴き声が一日中部屋にいると聞こえている。
 一日2食の簡単な食事でも運動量がないせいだろう、あまり腹が空かない。一日2回、朝夕に30−40分読書をしながら温泉に入って喰って寝るという湯治場生活だから、(テレビも30分も見ないし、場帳以外のPC操作もほとんどないから)仙人か病人のような暮らしと言えるのだろうが、別に特別悪い所は口と頭以外にないのだから、困ることも起きない。
 朝は簡単なサンドイッチが多いが、たまには簡単なものも作る。
アメリカ製のスキレットという鋳鉄製の小型のフライパンのような道具(あのカウボーイが馬に乗って放牧の旅に出る時に使う調理器具だ)をエンジンという雑誌を定期購読したらおまけにくれた。これがなかなかの優れものであり、厚みが3ミリもあるので熱の伝導がフライパンとは異なる。だから炒める(表面を加熱して少し焦がす)、じっくりとオーブンで加熱するという段階的な加熱調理に向いている。直径が6インチ、深さが1インチぐらいだから一人分の食事にぴったりサイズというもの合理的な道具で随分と重宝してメニューが広がった。

 今朝はジャガイモとソーセージのベイクを作ったが、ビールが飲めたら最高のおつまみだろうと思う。調理法は以下である。

1 ジャガイモを皮のまま洗って8ミリの直方体にカットする。紫タマネギを1/8ぐらい薄切りする。ガーリックスライスを1/2ぐらい以上をボールに入れたらオリーブオイル適量、塩小さじ1、ドライハーブ(セージ、ローズマリーなど好みで)を加えて10分寝かす。
2 スキレットを加熱して炒める。ジャガイモの表面に少し色が着いたら、200度に加熱したオーブンに入れて胡椒を振って8分ぐらい加熱すると出来上がり。

 実に簡単で失敗しようがないのだが、なかなか旨い。ソーセージはチョリソーが旨い。無ければベーコンでも豚肉でも何でも良いだろう。

 肉の表面を焼いて、その後200−250度のオーブンで数分加熱するという調理法は厚切りのステーキを作るのにも応用できる。4センチぐらいの分厚いフィレやサーロインのカットをこれで野菜と一緒に焼くと、そこいらのダサイレストランのステーキなど二度と喰いたくねえなあとマジに思う。
素材の善し悪しがモロに出るから手抜きが効かない。愛鷹牛のサーロインは
100グラム1800円から、伊豆牛のフィレは100グラム1300円ぐらいからだが、200グラムも僕は食べられない。二人で5000円ぐらいで食べログトップ級の料理になるのは確実だろうと思う。

 山の一人暮らしは単純だ。この単純さを担保しているのは交換の単純さだろう。山を下りて食材や生活用品を買う。金を払う。金は相場で取るという金融流通のトライアングルで、複雑な物流の末端だけをサービスとして買う。アンデスの山岳民族が月に一度山から下りて、物物交換をするのと大差ない。少し頻度が週2ぐらいで高いぐらいの差異だろう。驢馬がメルセデスになれば積める量が劇的に増えても問題なし。なんならネットで配送なら何でも揃う。
電気、ガス、水道、温泉、通信網は都市部とほぼ同じサービスが買えるのは便利だ。僕に必要無い物が通勤と職場と同僚と組織ということだが、これらが無いだけで個人の生活は随分とワガママで自由なスタイルが可能である。家族がいると学校とかややこしいサービスの立地の問題が出るのだろうが、僕の場合はそれはとっくに東京で終わっているから問題なしだ。


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